【前回記事を読む】留置場にある本は、「死ぬほど興味のない本」ばかりだった…それでも何もないよりはマシで、手当たり次第に読んだ。

透明人間

内心は、ずっと息子の凛太が心配で心配で仕方がなかった。思い出すたびに発狂しそうになる。

逮捕の2日前に、妻と些細(ささい)なことでトラブルになった。それから会えなくなってすでに3日経つ。今は何もできない。仮にここで暴れたり、脱獄をしても良い方向にならない。今は耐え忍び、1日も早く「まっとうな方法」で留置場から出なければいけない。

ここを出て凛太に会うんだ。俺のかわいい息子、凛太に。理屈で自分を律しなければ、自分が崩壊することが心のどこかでわかっていた。そして、この抑えこみがいつか爆発するのではないかという予感もあった。

そもそも、俺はここから出られるのだろうか。大麻「所持」ならまだしも「栽培」してたのだ。当然、販売目的も疑われているだろう。販売はしていない。個人使用目的だ。

同じ考えがループし、気づけば朝4時くらいだろうか。留置場へ来て2日目の夜だった。真っ暗な房の中、布団を二つにたたみ座った。岩井さんは隣でイビキをかいて寝ている。

手も足も出なくなったら考えるしかない。自分の心に耳を澄まし考えを巡らせなければいけない。目を瞑(つむ)り呼吸を落ち着けて思考を巡らせた。つもりだったが何も浮かばなかった。

自分の思考など所詮この程度のものなのだ。いい解決策も何も浮かんでこなかった。焦りが入り混じった感覚だけが、体にじわじわと巡っていた。もうすぐ夜明けだ。

看守の一人が俺の様子に気づき、

「大丈夫ですか?」

と声をかけてくれた。

「眠れないから、睡眠導入剤か何かもらえないですか」

「すみません、そういうのは、医師の許可がないと出せないんです。お茶、要りますか」

「ありがとうございます」

些細なことだが、心が弱ったときの気遣いは、心底救われる。

暗闇と静寂の中、思い浮かぶのは凛太の姿だ。黄金色に輝く笑顔の凛太。よちよちとこちらへ恥ずかしそうに歩いてくる。愛おしさが胸に込み上げる。

「凛太おいで。会いたかったよ」

凛太を抱きしめるために腕を伸ばした。凛太の小さな丸みを帯びた肩が、柔らかくて温かい背中が手に触れるのではないかと。臭みも内包された、あの愛おしい匂いを胸いっぱいに吸い込みたいと思った。

だが腕は空を切り虚(うつ)ろな空間だけが残った。失われてしまったのか。涙を流したかったが、出なかった。

「違う、失われていない」

凛太は、天災や事故に遭って死んだわけではない。間違いなく今この世に存在している。

「諦めてたまるか」

なぜこうなったのか、ミサトは何をしているのか、今後の人生を俺はどうするのか。これから何をどう対処すればいいのか。

焦るな。とにかく今は精いっぱい休め。あの苦しい生活から解放されたのだ。時間は、うんざりするほどある。