【前回の記事を読む】大学院の除籍、うつ病、信頼の喪失…36年間自分を見失い続けた僕がドキッとした本のタイトルが…
前書き
講師はブルターニュ出身のフランス人のR氏だった。二人が知り合った経緯は詳しく知らないが、奥さんが日本人で、とまれ奥さんの実家のあるM市に十年以上住んでいた。だから、日本語は普通に話せるので、久しぶりのフランス語の授業は困ることはなかった。
しかし、時々、先生がフランス語で「何故、フランス語を始めたいと思ったのですか」というような初歩的な質問を問いかけてきても、絶句するしかなかった。というのも、「レモン、教える、イギリス人」などという基本的な単語まですっかり忘れていたので、文章を作りようがなかったのだった。
しかし、36年ぶりに聴いた「生の」フランス語は、私の心の奥に眠っていた、何かに確実に刺さり、家に帰ると、コピーの教材の原本のタイトルを教えてもらっていたので、早速、アマゾンで注文した。
コロナが流行し、公民館のサークルも年に、4、5回しか、開けなかった時も、インターネットを利用して、フランスのニュース番組や、オンライン英会話の外国人講師でフランス語ができる人を見つけ、学習を継続した。
更に2021年の準一級からフランス語検定を受け始めることで、モチベーションが更に上がり、準一級も一級も、二次の口頭試験に一度ずつ不合格するも、ともかく、2024年の8月、とうとうフランス語検定、一級に合格したのだった。
当初、この文章を書こうと思った動機を二つ、考えていた。
第一に、62歳からでも、好きなことなら頑張れるし、思った以上の結果が出せることを知ってもらうことで、60歳はまだはるか遠いと思っている若い人の励みに少しはなるのではなかろうか、と思ったこと。
ちなみに私の若い人の定義は、「40歳以下の人」である。無論、60歳以上の人でも、自分の目標を持って、自分の道を一人歩む人は「若い人」に入れてもいいだろう。
第二に、フランス語検定の一級を取得、という久々の目標達成の喜びを味わったのだが、取ってしまえば、結構、当初の喜びは薄れるのも早いな、とやはり久しぶりに感じたのだった。だから、憧れていたフランス文学専攻の大学院をあっさり辞めて、知り合いの土建会社に入社したのか、と不図思い当たった。
この二つの動機に嘘はないし、特に、二番目は、高校生以来の疑問に対する、一つのインスピレーションを与えてくれ、私はエッセイを書き上げ、それをこの文章のエピローグとした。