そこで本書は、アウトサイダー(化外(けがい)の人:奄美人)としての立場から、憧れの本土日本に住む大和人(やまとじん)へのメッセージとして、そのつたない想いを告白しようとするものである。
したがってその視野は、火吹き竹の小さな穴か、もしくは葦(よし)の髄から天井をのぞいたほどの範囲であることを免れない。
それで遠く奄美大島から羨望(せんぼう)した大陸としての日本を「本土日本」と表記し、特に意識しない場合や他国との関係においては、単に日本と表記することにした。
筆者の中学生時代の奄美では、学者や英雄を崇め、資格や学位を重視し、医者を神様と信じ、教師や首長を尊敬し、裁判官や警察官が恐れられていた。
しかし当時は、人権、権利、規律、義務、平等などに関するやかましい声を聞くことはなかった。それは道徳が公理として、自然にかつ当然のように働いていたからではないのか。
それは、その職に在る人々が、各々その職責に相応しい振る舞いと人格を保持していたからである。
またその他の人々も、その職責を高く評価し、尊敬していたからでもある。
それこそ自律と他律が相互作用的に働いて、相乗効果が得られていたからである。
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