まえがき
ひさびさに美容院を訪れた。年を経て髪もめっきり薄く少なくなっていたからである。混んでいて大分と待たされて、ようやく大きな鏡の前に座った。
目の前に見慣れない顔が大写しになった。体全体に比べて頭が大きく、顔は顎骨が張っていて横広でとても大きい。眉や髭が濃く硬く、常日頃街で見慣れた顔とは全く違う作りであった。ただ一点、くっきりとした二重瞼だけが救いであった。
奄美大島や沖縄及びアイヌ民族には、本土日本(本州、九州、四国、北海道)に住む弥生系人に比べて、縄文系人のDNAが多いという。まさに歴史の教科書で学んだ、縄文人の特徴ある顔が目の前に映し出されていたのである。
日本の歴史における縄文時代は、およそ一〇〇〇〇年に亘って続いていて、次世代の弥生時代は、一〇〇〇年前後と縄文時代の十分の一ほどの短期間であるとされる。
また、儒教や仏教・禅宗の影響を色濃く受けたとされる奈良・平安から鎌倉時代は、六二六年間続いている。一方明治維新から平成元年までは一二〇年間であり、戦後は八十年である。
この文化文明の継続期間の長短が、本土日本人の精神文化にどのような影響を及ぼしたのか、縄文系奄美人にとって大いに興味のあるところであった。
人は経験や体験した事実から得られる「経験則」によって教化され、自身と社会を作り変えてきたと孤島育ちの縄文系人は考えている。
哲学者デカルトが唱えた「我思う、故に我あり」や、ライプニッツの「良識や理性は生来備わっている」などの理論はとんでもないと考えているのである。
こうした理論は、フランスやドイツなどのユーラシア大陸国家において芽生え発展していたようである。