まえがき

「天何の故に我が身を生み出したる。

我れをして、果して何用に供せしむる。

我既に天物。必ず天役(えき)有り」

――佐藤一斎『言志録』第十条より引用

(『人生と陽明学』安岡正篤、PHP研究所、2002)

本書のテーマは「使命」である。

「使命」という言葉は、様々な場面で使われているが、いつ頃使われ始めたか明確にはわからない。

日本の書籍で言えば、16歳で洗礼を受けクリスチャンとなっていた新渡戸稲造(1862年~1933年)が、自身の著書『修養』(1911年出版)で、「人間がこの世に生まれてきてなすべきこと」を近頃の言葉として「使命」に言い換えている。

また、芥川龍之介(1892年~1927年)が、小説『神神の微笑』(1923年出版)で、「使命」を、イタリア人宣教師オルガンティノ(1533年~1609年)に語らせている。日本におけるキリスト教カトリックの布教がイエズス会員であった彼の「使命」であった。

オルガンティノは、半生を日本における布教活動に捧げ、長崎で息を引き取った。ローマ教皇に承認されていたイエズス会という宗教団体における任務としての活動であったが、組織を超えた信仰心と信念が彼を支え続けたのだろう。

「使命」の英語は、「mission(ミッション)」である。そして、その語源は、「送る」、「遣わす」という意味を持つラテン語の「mittere(ミッテレ)」であり、まさにキリスト教での活動に由来する。

他方、中国でも、2025年現在、「使者として与えられた命令」や「重大な任務」という意味で「使命」が使われている。「使命」に脈絡がつながりうる言葉として、「天命」という言葉がある。「五十而知天命」(『論語』)というフレーズで、孔子(紀元前552年~紀元前479年)が弟子に語ったとされている。「五十にして天命を知る」と読み下せばピンとくる方も多いだろう。

内村鑑三(1861年~1930年)の著書『Representative Men of Japan』(1894年に初版、1908年に改訂版がいずれも英語で出版)の中に、missionという単語が出てくる。

本書には、「使命」、「天命」、「天役」、「天」、「命」という言葉が出てくるが、それらの意味を厳密に区別することはしない。

ただ、冒頭のフレーズに出てくる「天役」という言葉が筆者には一番しっくりくる。これは江戸時代の儒学者である佐藤一斎(いっさい)(1772年~1859年)の言葉で、「天から預かったお役」と訳しておこう。

この「天」の意味合いについては、多くの偉人の生き様を紐解きながら、本書の中で考えていく。そして、「温故知新」(『論語』)の言葉通り、現代における「使命」を考察する。