【前回の記事を読む】刑事が犯した致命的なミス。緊急指令で出動した刑事は、拳銃を持つ強奪犯の元に防弾チョッキを装着せずそのまま突入してしまい…
第三章 追跡
アシュラは長谷川の記憶領域に降りていった。長谷川譲は三十八歳、妻と子供二人の四人家族だ。妻美幸は五歳年下の三十三歳で、上の男の子は雄太六歳、下の女の子はカンナ三歳、一家は磯子の警察官舎で暮らしている。
妻とは三十歳の時に見合い結婚をした。譲と美幸の父親は両方とも神奈川県警の元刑事で、その縁で結ばれた。
長谷川は神奈川の私立大学を出て警察官になったが、あまり出世に関心がなく、現場が好きな昔気質の刑事だ。
頑固なところもあるが、妻の美幸は譲のそんなところが好きだった。アシュラは当初、フォントス追跡のためには、乗り移る相手は独身者がよいと思った。
しかし、よく考えてみると、フォントスが犯罪を起こす可能性が高いので、情報入手という意味では、警察官である長谷川が好都合だと考え直した。
アシュラは気が遠くなるほどの輪廻の果てに、リンネ計画センターの刑務官として長谷川の体の中にいる。不思議な縁だとアシュラは思った。
アシュラはもともと別の星域で解脱(げだつ)した三つの生命エネルギーだったが、多くの生命エネルギーの解脱を指導、援助してきた功績から約一億年前に合体し、上位の生命エネルギーに昇格することが許されアシュラと名付けられた。そしてリンネ計画センターの刑務所の刑務官となった。
長谷川の体の中で束の間の静かな時間を過ごしていると、アシュラの心にはいろいろな思いが去来していた。
〈アシュラの心の呟き〉
多くの悲しいことが思い出される。愛する人たちと多くの別離も経験した。しかし、いつの人生もひたむきに生きた。寛容の精神と愛情を育み、悲しみを克服してきた。物質界で生きるとは修業そのものだったが、今思えば、ひたむきだった自分自身が愛おしく、切ない思いで胸が一杯になる。
一方で、「物質界で生きることは素晴らしいことだ」とも、今は思っている。すきっ腹で食べるおにぎり、真夏に飲むよく冷えた麦茶、かけがえのない人たちとの出会い、旅に出て見た絶景、切ない初恋、などなど苦しみ以上の喜びや感動がある。
神の従者となったにもかかわらず、物質界を懐かしく思う自分がいて、「自分はまだまだ未熟者だ」と、アシュラは長谷川の体の中で自嘲していた。