そこそこ食べていければ、それでいいじゃないか、アタシはいつもそう、思ってるんですけどね……

基本的な考え方を、「貧しくてもいいから、食べていけるだけの世界でみんな、我慢しようよ」の気持ちにならなきゃ、実現しないですよね。

わしが、わしが、もっと、もっと、……の、欲のカタマリの世界じゃ、ショセン、ムリなのかな。

人が、死んだとしても、見て見ぬフリしなきゃいけない……のかな。

 

1月25日 苦しむことと、苦しませることの、えっらい違い、の巻

オノレが受けることと、相手に受けさせること、の違い。何十年も、枯れないだけでほとんど花をつけてくれなかった山茶花の古木が、満開の花を咲かせてくれたよ。

誰も、見てくれなくていい、誰も褒めてくれなくていい。ボク一人の、ありがたさだ。

畑に向かい合ってると、いつも想うよ、うまくいくとき、いかないときは必ずある。

でも、それは気候であるとか、自然のなんかなんだな。

決して人間同士の、ややこしい関係じゃないよな。ボクは思うよ。

なんかのせいで自分が苦しむこと、耐えること、これはいいのだ。我慢し続ければいいことだし、それは自分が強くなる過程でもあるように思うからさ。

ニンゲンって、不思議なもんだぜ、「苦しい、苦しい、もうもたん、ああ、オレは死ぬんだ、悶絶死だな」って、もがいてるうちに、慣れるんだよ。言い方変えると、強くなってるんだぞ。

ただ、逆は……耐えられないよ。ボクが他の人に、何か負荷をかけてしまうときだね。相手が苦しむことに、ボクはなんにもできないですよね。

ボクが感じるのは、「そう、させてしまったことへの、後悔」だよ。

これが、酷いもんなんだよね。ボクの場合、その後悔は死ぬまで続く気がするよ。

だから、もう、後悔はしたくない。他人を苦しませることは、したくないんだ。ただ悪い奴は、別だぜ。

こりゃ、ほかっておいたら余計悪くなる、なぁんてのはいいのだ。そうじゃなく、いい人を、苦しませる。そういうとき後悔ってするんだろうさ。

後悔は、もう、したくないんだ

(そんなおっきな悪さは、子供の頃からしてないですからね。

フォークダンスで手を繋がなかっただとか、クルマを運転してて水たまりで小さな子供に水をかけてしまったとか、そんなんが、オイラの後悔、なんです)。

自分が苦しむのはよろし。

されど、いい人を苦しませるのは、後悔になってしまうよ。

 

 

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