細野の音楽は当初から多国籍であった。
『トロピカル・ダンディー』や『泰安洋行』『はらいそ』など、細野のアルバムは南国、アジアを中心に世界の民族音楽をベースにした日本語のロックミュージックを発信していた。
音楽を創作する行為は常に〈多国籍〉なるものへの追求であり、突き詰めるとそれは〈無国籍〉になるということである。
〈無国籍〉と〈多国籍〉は表裏一体の関係で、同じ意味を持つ。
キャンティのコスモポリタンなサロンの中で、細野も村井も〈汎世界的〉な新しい何かが、世界に通用する音楽に必要だと感じたと考える。だからこその〈無国籍〉なのである。
無論、キャンティの西欧のコスモポリタニズムは、細野の志向した〈無国籍性〉とはその内実において異なる。
細野が目指したアジア中心に世界の民族音楽をベースにした無国籍音楽とは大きなズレを感じざるを得ない。
また「世界に通用する音楽は〈ディスコミュージック〉」という村井の割り切った音楽観も、「アジアを中心に世界の民族音楽をベースに」した無国籍音楽とは違う方向を向いている。
しかし、『ジンギスカン』を例にとったように、細野は「東京」をコスモポリスにするべく、アジアを中心にした〈無国籍〉をコンセプトに据えたのである。
逆にいうと、このズレがなかったら、YMOはグローバルになり得なかったのではないか。
コンセプトのズレを包摂しながら創作することで、YMOはYMOとなり得たのである。