誕生前夜〜キャンティとアルファレコード

川添象郎の親である川添浩史・梶子夫妻が経営するレストラン、キャンティは1960年、東京都港区飯倉片町にオープンした本格的イタリア料理リストランテである。

川添浩史は祖父に後藤象二郎2を持つ名家の出である。

フランス映画に夢中だった浩史は1934年、大学在学中に渡仏。ひょんなことから写真家ロバート・キャパと知り合い、一時期一緒に暮らすほど親しくなった。

そういった縁は広がり、多くの芸術家とも繋がった。詩人のジャン・コクトーや画家のサルバドール・ダリなどとも親交を広める。

戦前から戦時中1940年に帰国してからも、映画を主に日仏文化交流を推進する仕事を始め、フランスをはじめとする多くの西洋ショウビズの人間たちとの交流を深めた。

1946年、貿易庁の迎賓館、光輪閣の支配人を務め、その後文楽などの海外興行のプロデュースを行った。

浩史は日本の劇場文化を海外に輸出するには芸能が一番適していると考えたのだ。

中でも日本舞踊『アヅマカブキ』は大々的に行われた海外興行である。浩史は公演のプロデュースを引き受け、総勢30人に及ぶ役者・スタッフの渡航や移動、宿泊、その他あらゆるサポートを行った。

この浩史の経験がのちのYMO世界ツアーの成功に繋がる遺伝子となる。

1回目の興行は1954年、アメリカの7都市で行い、2回目は翌1955年の8月から56年の4月まで、ヨーロッパとアメリカの56都市で上演した。この興行がいかに先進的で苦労を要したことか、戦後間もない昭和29~31年のことである。

この当時の日本の状況を考えると、途方もない偉業であることに間違いはない。

2回目の公演で浩史は岩本梶子と出会い、1959年に結婚した。2人とも再婚同士である。

浩史と梶子(愛称:タンタン)が結婚後の1960年に開業したキャンティは二人のホスピタリティで、開店後ほどなく多くの文化人・芸能人・将来有名になる若者で繁盛することになる。