【前回の記事を読む】1978~1984年の間に何が起こったのか? サブカルチャーをポップカルチャーへと加速させたYMO。この時期特有のある性質とは…

INTRO

芳醇で濃密な文化の土壌があった時代

ところがこの時期のサブカルエリートは、そのようなイデオロギーにはとらわれず、サブカルチャーを資本主義や商業主義、大量消費社会に対抗させるどころか、むしろそれらと共存して積極的にメインカルチャーにしよう(平たくいうと、流行にしよう)として活動する。

サブカルエリートとは、時代の一歩先のサブカルチャーを発信するクリエイターでもあり、またさまざまなメディアによって時代を敏感に察知し、そのクリエイティブを受容し拡散することで、周りから一目置かれるような一般人をも指す。

ニューウェイヴの資本主義は、資本主義によって看過されてきたサブカル文化の中に新たな市場を見出し、サブカルエリートたちはそのようなニューウェイヴ資本主義のアンテナとしての役割を果たしたとも言える。

そもそもサブカルチャーの(これはカウンターカルチャーやポップカルチャーもそうだが)定義は今でも非常に曖昧で流動的である。

しかし、これまで述べてきたように1978年~1984年のポップカルチャーはそれまでのサブカルチャーが変容したものであり、1985年頃以降のポップカルチャーとも概念が異なる非常に特異なカルチャーだと考える。

そこでこの時期のポップカルチャーを、1985年以降のポップカルチャーと差別化するために、〈ニューウェイヴ・ポップカルチャー〉と呼ぶことにする。

「1978〜1984年にサブカルエリートから拡散されたポップカルチャー」あるいは逆にいうと「ポップな精神を持ったサブカルチャー」という意味合いである。

サブカルチャーから出発したYMOは、それまでにない〈テクノポップ〉と称される音楽で爆発的ヒットを起こし、ニューウェイヴなポップカルチャーというムーヴメントを日本で起こした。

ニューウェイヴ・ポップカルチャーは音楽だけでなくファッション、演劇や映画、アートなど広汎なジャンルにおいて呼応していく。

YMOはハイカルチャーとローカルチャーの文化的階層を飛び越え、メインカルチャーとサブカルチャーの垣根をも崩し、多くの者に熱狂的に受け入れられた。

さらに、グローバル化を見据えた活動を最初から始めたという点で、稀有なアーティスト集団である。

YMOを紐解くうえで、ニューウェイヴ・ポップカルチャーの〈ポップ〉とはどういう意味なのか、まずはその概念を考えていく。