カウンセラーは優しい笑顔でいった。

「人間、長所と短所は裏表ですものね。生きていて疲れることと飲酒とは関係あるでしょうか?」

恵子は考え込んだ。そうなのだろうか。生き疲れて、お酒でまぎらわしていたのだろうか。そうとも思えるが、同じような性格の人が誰も彼もアル中になるわけでもない。

「関係なくもないでしょうが、お酒は一時忘れさせてくれるだけで根本的な解決にはなりませんでしたね」、いま、恵子はそれがわかる。

しばらく沈黙が続いて、「では、今日はこのくらいで……」とカウンセラーがいった。恵子は席を立った。ドアまで歩いていく恵子に向かって、見送るために立ち上がったカウンセラーが独り言のようにいった。

「自分が思うほど、人は自分のことを見てはいないんですけどね」

「えっ?」、恵子は立ち止まった。たしかにその通りである。実際、自分の心配りに気がつかない人もたくさんいた。少しの間、恵子とカウンセラーはみつめ合い、それから恵子はドアを開けて廊下に出た。

「そうだよね、私があれこれ気にしてるほど、人は私を気にはしてないのか……」、恵子は部屋に帰りながら、しみじみ思った。

入院後しばらくして、毎週末、帰宅するようになると、翔平も陽平も母親がシラフでいることがこの上なく嬉しいようすだった。

男の子だからなのか、口に出して何かいうわけではない。だが、態度でわかる。夕餉の食卓がにぎやかな親子の会話であふれた。二人は、恵子がお酒に溺れていて知らなかったことを、これも、あれも、というように母親に報告した。

恵子は嬉しくて涙が出そうになるのをようやく堪えて、笑顔でそれを聞いた。自分が生きていく原点を教えられたような気持ちだった。浩の酒好きは相変わらずで、断酒中の恵子の前でも平然と飲んでいた。恵子は気にしなかった。自分さえしっかりしていればいいのだ、と。

次回更新は3月26日(木)、21時の予定です。

 

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