「沙優、俺は……」

俺は瑠美の腕を振り解いてホテルのドアの方向へ歩き出した。

「貢、行かないで」

「瑠美、ごめん」

俺は沙優の元へ向かった。

私は一人で朝を迎えた。貢さんが外泊するのは初めてのことだった。仕事なの、それとも誰かと一緒なの。その時ガチャっとドアを開ける音がした。

「ただいま」

「お帰りなさい」

どこにいたの、仕事だったの、誰と一緒だったの、全ての言葉をのみ込んだ。怖くて聞けなかったから……

「シャワー浴びてくる」

貢さんがそう言って私の横を通りすぎた時、ほのかに香水の香りがした。初めての香り。やっぱり愛されているのは私じゃない。拾われた子犬、婚約者の振りを頼まれただけだから……

華菜さんの言っていた、貢さんの人生の中で一人だけ愛した人。私はこの時ずるいことを考えていた。このまま、貢さんの奥さんでいて、子供を育てていこうと……愛されていなくてもいいと……でも涙が溢れて止まらなかった。

八ヶ月に入ってからお腹が大きくなったので、ベッドは別にしている。貢さんはシャワールームから出てきて、自分の寝室へ向かった。

「沙優、少し横になる、一時間くらいしたら起こしてくれるか」

「はい、分かりました」

夜、寝てないのだろうと嫌な想像が脳裏を掠める。私は敢えて頭の中を真っ白にした。貢さんは一時間ほど仮眠を取って会社に向かった。朝帰りの言い訳もせず、何もなかったかのような振る舞いを見せた。私はどうすればいいのだろう。本当に何もなかったの?

貢さんは香水をつけない、香水の香りは女性と一緒だったってことを物語っている。信じて付いて行っていいのだろうか。愛している女性への自分の気持ちに気づいたってことなの、私は離婚されてしまうのかな、いろいろなことが脳裏を駆け巡った。