【前回記事を読む】聞こえるけど喋れない、動かせるのは首から上と右手の指先だけ。そんな私が"ガラケー1台"で始めたのは…
序文
この文章は私の随筆です。これを書き進める目的は「こういうものを読んだ介護の仕事に関わる人たちを、少しでも勇気付けることができたらいいな」と施設のある人から言われてのことです。他人に向かって何かの書き物を書く、というのは私にとって生まれて初めての出来事なのですが(本当)、できるだけわかりやすい文章が書けたらいいな、と思っています。
この随筆は、毎回「こんにちは。お元気ですか?」に始まり、毎回「それではご機嫌よう、さようなら」の終わりの挨拶が登場します。
読んでて「この世に、こんにちはで始まって、それではご機嫌ようさようなら、で終わる随筆集なんて見たことないぞ」などとお思いでしょうが、この文章の掲載は先程も申し上げましたように、1ヶ月に1回、しかも多数の施設内行事の短文付き写真の隙間に突然出現します。
そのライブ感を再現したかったのです。営利目的はわたくし的にはありません。生きてきた爪痕のつもりです。
大袈裟に言えば「遺書」みたいなものかもしれません。だから、努めて明るく書こうと思います。暗かったら敬遠されるばかりです。
夏だったり冬だったり、文章が唐突過ぎて何だか不自然だなぁ、とお思いの向きもいらっしゃるでしょうが、そんな背景を常時念頭に置いてお読みくだされば幸いです。
時々「その頃話題性があった出来事」も冒頭の小噺を中心に頻出しますが、「ああ、そう言えばあの頃こんなこともあったなぁ」と、軽く受け流していただければ幸いです。
書いてあるままに書籍にすることが望みだったのです。つまり「ブログとブログの間には、1ヶ月という名の深くて暗い川がある」ということです(パクりかな?)。
それでは、お楽しみいただければ幸いです。
長過ぎるブログ1 ステルス心外
こんにちは。お元気ですか? 私は元気です。つい先日テレビをぼんやりと眺めていたら、去年を振り返って眺める特集を放送してて、ノーベル平和賞という名誉ある褒賞を、日本の原爆被害者の集まりの被団協(ひだんきょう? 正式名称はしらない)が受賞してました。
そう言えばそうだったなぁ、でも何で今さら?と思います。50~60年遅い。まぁ「えも云われぬタイミング」があるのでしょう(実はうっすら聞いた、え? 色味の橙? 空調設備サブコン大手のダイダン? それともよもやの代打? ゼレン○○◯みたいな戦争当事者は受賞ふか? フカなら鮫のこと。よく聞こえんなぁ)。
若い頃私は「原爆反対運動には二つの団体がある。原水協と原水禁(原は原爆、水は水爆)、取り組み方が違うけど、どっちも正しい」と教えられたものでした。
しかし、思春期に差し掛かろうとしてた私はこのように思いました。「え? 正しいことは二つ割り? 割り箸? パキッと割るの? 大人の世界ってやっぱり何か変。世界平和の同じゴールなのに仲良くできないのかしらん」。……仲良くはできなかったみたいですね。両者にとっては心外だったろうな、今は被団協のひとつだけみたいだけど。