「なあ、豊子」と切り出した。

「お父さんも、最近お腹が出てきたので、お医者さんから散歩しなさいと言われてる。メタボやん。だから、これからお前と一緒に散歩がてらスーパーまで行こうと思っている。買い物にも慣れてみたいし、これからお前について行って買い物の仕方や何がどこにあるか教えてもらいたいから」

と言うと、

「そうね。もうお父さんに買い物を引き継いだほうがいいと思うわ」とにこやかに言った。

「はい。主婦業の一部を引き継ぎさせて頂きます」と頭を下げると笑って機嫌を直してくれた。

数十年以上、住み慣れた自宅の場所を忘れてしまうとは思ってもいなかった。それから、何度か一緒に買い物に行った。きつい坂なので、疲れると言い出し、その後の買い物は全て私がバイクで行くようにした。

この頃になると妻の言動や行動に異常が見られた。もしかすると認知症かもしれないと初めて疑い病院に連れて行くことを決意した。もの忘れはゆっくりと進み、妻も初めのうちは自分のしたことに気付いていたが、その自覚も次第に薄れていくようになっていった。

自分が認知症だと思っていない妻をどのように説得し病院に連れていけば良いのか、その対応に迷った。