【前回の記事を読む】【統合失調症】不眠の症状があったが、病院に行かずに放置…その後「パニック障害」と診断されたが、体調は悪化する一方で……
序章 導き
インテーク
その仕事は九年勤めました。会社の社長さんと父がお友達だったので。それで社長さんは事情をご存じだったみたいですが、社員の皆さんは知らなかったと思います。
だからずっとクローズド、ってわかりますよね。自分の病気を隠して働かせてもらっていました。通院は土曜日にして。ずっと黙っていました。
黙っている人って扱いにくいですよね。直接関わる同僚の人が迷惑していたと思います。ずっとこちらはダンマリだったから。ダンマリなのに、ときどき不穏になるんですから、怖いですよね。だけど、安易に打ち明けられない事情がこちらにはあった。仲介した父だって、どこまでわたしの事情をわかっていたかは不透明です。
頑張ったんだと思います。それ以外の選択肢を知らなかった。与えられた場に感謝して、常に恐縮して身を隠して過ごした日々でした。
福祉にどこでつながったか、ですね。
それは、本を読んだんです。二〇一〇年頃で、会社に勤めて四年目くらいのときで、三十六歳の頃でした。両親の元を離れて、神奈川県の市街でひとり暮らしを始めた頃です。 ソーシャルワーカーの人が書いた本でした。そのとき初めてソーシャルワーカーが、生活や病気の面で相談に乗ってくれる職業の人だと知りました。
このときに、初めて福祉の存在を知ったんです。家族はいましたが、三十六年間、ずっとひとりだった気がしています。初めて自分から誰かに会いたいと思いました。
近くの福祉施設をインターネットで調べ、見つけた施設に電話して、面談してもらえることになって。
その人は、第一声で、わたしのその行動を歓迎し褒めたんです。それは非常にこころに沁みました。
このときわたしは初めて自分の病気について語ることを体験しました。それを繰り返すうちに、わかったことがあるんです。黙っていることがよくないと。
それで、直属の上司に通院していることをカミングアウトしてみて、理解を得て、仕事を半日抜けて通院する了承を得ました。通院先の病院も、勤務先に近い精神科病院に替えて。
最初のうちは、堂々と仕事を抜けて通院できる自由を味わっていましたが、だんだんと通院にかかる所要時間に不安をおぼえるようになりまして。大きな病院だったので、待ち時間が三時間以上ととにかく長かったのです。上司の了承は得ていても勤務中なので、待ち時間に始終焦って、非常なストレスでした。