「そう、男子というより男性ね……。“今朝、小川駅構内の階段の途中であなたの定期券を拾いました。学生証も入っていて電話番号も書いてあったから簡単に落とし主がわかりました”ってことなのね」
拾い主は、どうやら若い男性で、しかも声の感じからすると大学生くらいだろうと、彼女は想像逞しく語った。
「なるほど……、で、どうするの?」
「今日の夕方五時一五分に、小川駅の南口の本屋さんのあたりで待ち合わせているの」
それがなんだろうか……。まだよく理解できない。別にどうということはないではないか。ただ単に拾ってくれた相手からモノを返してもらうだけだ。それ以上でも、それ以下でもない。
「そこで、相談なんだけど……」
興奮の冷めない口調で恵美ちゃんは続けた。
「なに?」
なんとなく察しはついたけれど、私はあえて尋ねた。
「智ちゃんも一緒にいてくれない……? それから、お礼になにかを渡したいんだけど、なにがいいかなぁ?」
やはりそういうことだったか。悪い話ではない。徐々に恵美ちゃんのたくらみがわかってきた。彼女の口車に乗せられた感はあるが、少しずつ興奮していく自分もいた。
「そういうことなら一緒にいてあげてもいいよ。それからお礼は図書券かなにかでいいんじゃない……、それくらいが無難でしょう」
私はすぐに答えた。その意見に従い、友だちは、二千円分の図書券を買った。定期券の有効期間がけっこうまだ長く残っていたこともあったし、パスケースのなかには、学生証と、千円札が一枚と、学食券の束と、当時まだ流行(はや)っていた私たちのプリクラ写真とが入っているから、なくしたことを考えれば、それくらいの出費は安いほうだった。
五時前に私たちは駅に着いた。構内の本屋の前に立ったものの漫画を立ち読みする気も、スマホをながめる気にもならず、あたりをキョロキョロしながら、いまかいまかとその人が現われるのを待った。
「その“吉田さん”っていうのは、どんな人なのかな?」と改めて尋ねると、「大学生くらいかもね……、駅に預けてもよかったけれど、早く知らせて直接手渡したほうがいいと思って、わざわざ電話をよこしてくれた」とのことだった。
なるほど、電話番号がわかって学生証の顔写真が確認できれば、そうすることがいちばん手っ取り早いし親切だ。彼が選択した方法に対して、私たちは大いに納得のいくものを感じた。
「わざわざ連絡してくれるなんて、好(い)い人そうね……、でもそれ以上に……、カッコいい人だといいね」
私は本心を明かした。
「そうね、もしカッコ良くて好い人そうだったら……、成り行きによっては、どっかでお茶でもっていう雰囲気になるといいね」
恵美ちゃんも思っていることは同じだった。
下り電車が滑り込み、改札口から人が吐き出された。人だかりがハケはじめたころ、定刻どおりにその人は現れた。