声優という生き方は、芸の道に他ならない。
沢村祐太朗は、声優は職人だと認識して目指し、そう教わって、しっかり練習もして自分は優秀な職人の卵なのだと意識して、赤坂事務所の預かり生の座を掴んだつもりだった。
沢村は千葉の出身だ。不動産の謳い文句でいうところの都心まで好アクセスという大型マンションに住んでいたが、両親ともに千葉市内に勤めていた。
小中高と学校には真面目に通っていたが、取り立てて成績はいいわけでもなく悪いわけでもなく、部活には入っていなかった。
とにかくゲームが好きで、友人はみんなゲームを通じて意気投合した仲間だった。どんな種類のゲームも一通りこなし、ゲームを通じてならどんな仲間とも話ができた。ゲームセンターに行くことはなく、友人と誰かの家に集まるか、オンラインでやるか、とにかく外に出ることは少なかった。
高校卒業を数か月後に控えたある日、両親はしびれを切らして祐太朗を問い詰めた。将来一体何の仕事をしようと考えているのか、大学に行くのか、専門学校に行くのか、就職するのか。
祐太朗はそこで咄嗟に「俺は声優になる」と答えた。
両親は一瞬驚いたが、普段あまりはっきりものを言わない子が、本当は確固たる意志があったのだとむしろ肯定的に受け入れた。
ゲーム好きだった彼の中では、声優は憧れの職業の一つではあったが、本当に「声優を目指す」という決断をしたのは、この後のことだった。