父にはお母さんは遠い国に行ってしまったのだと説明された。やがて父方の祖父母と一緒に住むことになった。母はいつ帰ってくるのかと、毎日のように私は尋ねた。
私が母の話をするたびに祖父の飲む酒の量が増えていった。祖父母は遠くの故郷に戸建てを建てたばかりだった。祖父の仕事は転勤が多く、定年まで社宅住まいだったため、それは二人にとって夢のマイホームだった。
社宅では叶わなかったゆったりとした玄関に、親戚がいつ遊びにきてもいいような立派な客間。広々とした庭には大きな金木犀の木も植わっていて、秋口には家の中までうっとりとした甘い香りで満たすのだ。
他にも物を出しておくのが嫌いな祖母考案の大きな納戸やたくさんの収納スペース。南向きの縁側には冬でも暖かな陽の光が差し込み、寒がりな祖父がくつろぐにはうってつけだろう。
そこは祖父母の拘りが随所に見られるまさに祖父母のための家だった。しかし、その夢のマイホームにほとんど住むことなく、祖父母は私の面倒を見るためにわざわざ田舎から出てきたのだ。
そんな祖父母の恩を仇で返すように、しばらくして父も家に帰ってこなくなった。それからは祖父母が私の親代わりだ。施設に行かずに済んだだけマシだったのだろうか。
それでも毎晩私を育てることへの不平不満を漏らしながら酒を浴びるように呑む祖父、そんな祖父に手を上げられる祖母。ある日突然父の再婚相手だと名乗り何度も金の無心にやってきた中国人の女。
そんな環境で育った私は、いつしか自分をこんな境遇に追い込んだ両親に、強い怒りと憎しみを覚えていた。