検討段階の治療法
以下の治療は、患者様への臨床試験が始まっているか、近々開始予定のものです。ドパミン産生を促す安全性の高いウイルスの導入や、ドパミン産生細胞に分化させた細胞を脳内に移植する、これまでとはまったく異なる治療法です。
遺伝子治療は、脳内に特定の遺伝子を導入して、パーキンソン病の治療を行うものです。遺伝子を体内に運ぶために、「ベクター」という核酸分子を運び屋として、特定の遺伝子を組み込んで、体内に導入します。
自治医科大学の村松慎一博士らのグループの目指す遺伝子治療は、アデノ随伴ウイルス(adeno-associated virus=AAV)をベクターとして、ドパ脱炭酸酵素というL-ドパをドパミンに変化させる酵素を作り出す遺伝子を患者の脳に与えて、脳内でのドパミンの産生を改善しようとするものです。
iPS細胞(Induced Pluripotent Stem cells)は人工的にさまざまな組織へ分化させる能力を持たせた細胞で、パーキンソン病治療ではドパミン神経前駆細胞に誘導し、脳の線条体領域に移植します。
京都大学では、2018年に治験を開始して、2021 年には予定されていた合計 7 名の患者様への細胞移植を完了、2023年末に検査や観察を終えたとのことです。近々、治験結果の発表がなされるそうです。
iPS細胞が腫瘍化するリスクや、移植したドパミン産生細胞が過剰にドパミンを産生することにより副反応が出現しないかなど、いくつかの懸念が指摘されています。
ES細胞を使った同様の移植術では、過剰のドパミンで不随意運動が出現する報告例があります。またα-synの凝集する素因を治療しているわけではないので、移植したドパミン産生神経細胞に凝集・沈着していく可能性があります。
最近のKim TWらの実験結果注1)を取り上げますと、ドパミン産生神経細胞移植の未解決問題として、注入された神経細胞が移植後に失われることで、生存率が変動しやすいことを指摘しています。
従って患者への過小投与や過剰投与のリスクが生じる可能性があり、また大量のドパミン産生神経細胞の注入が宿主の炎症反応を引き起こす可能性もあり、移植した神経細胞が反応性に分泌するTNF-α注2)が自らを刺激してNF- kB注3)を誘導し、これがp53注4)を誘導して移植後の残存を妨げている、と報告しています。
TNF-α阻害剤は、移植マウス・モデルで移植細胞の残存率を高めたということです。
移植後はさまざまな予想外の事象が起こり得ます。
このようなリスクの解決はもちろんですが、リスクの観察も長く続けられるべきでしょう。
1)Kim TW et al., TNF-NF-κB-p53 axis restricts in vivo survival of hPSC-derived dopamine neurons. Cell. 2024:187(14):3671-3689.e23.doi:10.1016/j.cell.2024.05.030.
2)TNF-α:免疫や炎症に関与するサイトカインの一種である。TNFとは腫瘍壊死因子を意味し、腫瘍を攻撃し、生体を防御する大切な役割を担っているが、TNF-αの過剰な放出はサイトカインのバランスを崩し、急性または慢性的な炎症を引き起こす。
3)NF-κB:転写因子として働く蛋白質複合体の一つである。NF-κBは免疫応答や炎症反応において中心的な役割を担っている。
4)p53:癌抑制遺伝子の一つで、ヒトの癌で高率に遺伝子異常が認められる。p53の働きとして、細胞周期の調節やDNAの修復、アポトーシスの誘導などが指摘されている。
【前回記事を読む】“時間差”で訪れる病気。「パーキンソン病」の原因は、発症の数十年前から体内に蓄積されていき…
【イチオシ記事】妻の姉をソファーに連れて行き、そこにそっと横たえた。彼女は泣き続けながらも、それに抵抗することはなかった