【前回の記事を読む】2階に住む変なおばさんに、乾燥機の設置を頼まれた。断ると、「じゃあ来月息子が来るまで、干すの手伝ってくれない?」

夜空の向日葵

そんなある木曜日の深夜、微睡のなかで、周囲がざわざわと騒がしいのを感じた。救急車の音がしたと思ったら、近くで音がやんだ。階下でばたばたと音がして、明らかに何か事がおきたようだった。

起きあがろうとしたけれど、仕事疲れと、暑い毎日、坂道を上った疲れによる睡魔がおそって、私は再び眠りに落ちてしまった。

しばらくしたある日、その時の騒動が不知火さんが亡くなったことによるものだと知った。

「あなた、知らなかったの?あんなに近くに住んでて」

風呂場のガスの調子が悪くて訪ねた管理人室で、私はそのことを知らされた。

「なんでも、毎日寝る前に不知火さんに電話をしている息子さんが、その日に限って不知火さんが電話に出ないから、急いで車をとばしてやって来たんですって。そしたら、部屋で亡くなっていたらしいのよ」

私は、呆然と立ちつくした。

「あの人、なんでも癌を患っていて、でも病院で死にたくないって、一人で住んでいたらしいのよ。無謀よね」

ガスの修理の書類を受け取ると、管理人室を出た。外に出ると、夕闇の中で、生い茂った木々が夕方の風に揺れている。

なんでもかんでも頼まないでください。私がそういった時の、不知火さんの呆然とした顔が浮かんだ。

なぜあんなひどいこと、言ってしまったんだろう。向こうの方の道の脇で、小型犬を散歩させる初老の男性が見えた。バスが、たくさんの人を吐き出して走り去った。

とぼとぼ歩いて一階までくると、深呼吸をして二階へと向かった。二〇二号室の表札は、相変わらず不知火となっていて、不知火さんが今にもぬっと顔を出しそうな気がした。

私は、ドアの前でしばしの間、目を閉じてそっと手を合わせた。そんなことをしてどうなるものでもないけれど、そうせざるを得ない気持ちだった。しばらくして目を開けると、いつの間にか夕闇の中に夜が忍び込んでいた。

夜、チャイムが鳴ってドアを開けると、立っていたのは白髪まじりの男性だった。目尻に笑いじわがついていて、人の良さそうな感じがにじみでている。