この頃、就寝中、女性の声が聞こえる。

「死んだ人は、生きている人に思い出されることで、よみがえるのよ」

いつも同じ言葉だ。

「何故、私のことを、思い出してくれないの。どうして、忘れてしまったの」

毎夜でなく、長くは続かないが、弱々しく、恨みがましい声。誰の声だろう。名前も告げているようだが、よく聞き取れない。

色々考えたが、思い当たるふしはない。

昔、聞いた声のような気もするが、思い出せない。この頃、呆けたと言われている俺だが、これもその症状なのだろうか。

女の姿は、見えない。声だけだ。声だけだから、一層不気味だ。

今夜も、それで目覚めて、眠れなくなった。トイレに行き、用を足した後、玄関に回ってみた。いつもは、俺が無断で出ていかないように施錠されているのだが、今は掛けられていない。忘れたのだろう。

しめた! 足音を忍ばせて、前庭へ出た。普段、格子なき牢獄に閉じ込められているようなものなので、外へ出られるのが嬉しい。無我夢中で、闇の中を歩き始めた。

家の近所のあたりは、まだ良かった。離れるにつれて、どこにいるのかわからなくなってきた。それでも、久しぶりの外出の喜びで、めちゃくちゃに歩き続けた。

いつの間にか、小さな川のほとりの細い道を歩いていた。

どうしてこんな所に来てしまったのだろう。月も星も見えない、真夜中なのに……。

先程歩いていたのは、伊豆市役所の前の通り。俺がいくら惚けていても、それくらいはわかる。

今は、先の通りから分かれた細い道に入っている。車どころか、人一人いない。聞こえるのは、虫の鳴き声だけ。明るい時でも、さびしそうな場所だ。

何も考えずに歩き回って、こんな所へ、来てしまった。でも、完全に無意識ではなかった。何かに引き寄せられるように、来てしまった。何に引き寄せられたのだろう。

俺は、やはり病気なのか。家族は、認知症だから、勝手に外出しないでくれと言う。道に迷い帰れなくなって、あるいは事故に遭って、人に迷惑をかけるから。

今も、家までどうしたら帰れるのか、途方にくれている。我が家のあたりは、わかっている。伊豆市役所のあたりもわかっている。わからないのは、その真ん中だ。途中経路だ。どの道で帰るのか、わからない。

それだけなら、単なる方向音痴ということも出来るだろう。方向音痴なら、若い頃から、その傾向がある。

そう言うと、お父さんは方向音痴だと威張っているが、おかしいのはそれだけではないと言う。別に威張っていないと口をとがらせると、他にも随分忘れることが多いと言う。これは認めざるをえない。人の名前、出来事、しなければならないこと……、色々ある。

でも、忘れていないことも、少なくない。認知症といっても、全て忘れるわけではないようだ。