その七 家族病
彼が膵炎で十数回入院を繰り返したことについて綴ります。
⑧ ある真夜中の光景
メモはないのですが、心の中にはっきりと刻まれていることが、もう一つあります。「テーブルの上に両手を出せ!」と、彼の命令です。
いつもは逃げるのですが、この夜は逃げようともせず、手を引っ込めようともしませんでした。心の中は言われたとおりに従っている姿とは裏腹に、素直でなくなっていたのです。
彼が、プラスチックの箸を私の甲に当て、ギシッギシッと揉みます。この光景は想像できるでしょうか。「痛い」という言葉も声も出さず手を引こうともしない私でした。
ふと浮かんだ言葉です。
『ゆめゆめ退する心なかれ、恐る心なかれ、縦(たと)ひ頸をばのこぎりにて引き切り、どうをばひしほこを以てつゝき、足にはほだしを打ってきりを以てもむとも、命のかよはんきはゝ……』〈『御書(六七四頁)』〉
その言葉は、当時はうろ覚えでしたが……。負けるもんか! きっときっと今に……と心で叫んでいました。
⑨ 家族旅行
昭和六十二年の冬、年末年始でした。彼が長期入院から戻ると、いつも罪滅ぼしと考えるのでしょうか、家族旅行を思い立つのです。
旅行する頃には、もう飲酒が始まっていて飲み通しです。旅行中の夜も子供たちが寝た後に、彼は例により酔って絡んできて、私は旅館の部屋の中を追い回されましたが、外へも気づかれないように、私は声を押し殺していました。