誕生から19歳、結婚まで
今年、2025年(令和7年)7月に私、48歳の誕生日を迎えたの。実は……子どもの頃に吃音を発症してから、話をするのが苦手になっちゃって。今ではずいぶん克服出来たとは思うんだけど、下手くそだから……。
自分のことって聞かれたら答える程度で、あんまり話したことがないの。いつの間にか48歳、年女かぁ。50歳を前に、節目の年だよ? 色んなことがあったなぁ……。
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――――昭和52年、前日の嵐が嘘のように晴れた7月のある朝、私はこの世界に産声を上げた。福岡県、福岡空港寄りの小さな町。当時、家の周りは田んぼだらけで、その中に信号機がポツンとひとつ。
春になれば、土筆がたくさん採れるような山と、浅瀬の川に挟まれた小さな集落。そんな長閑な環境の中で、私こと“悦子(えつこ)”の物語は始まったの。
お母さんのお腹の中の私は逆子だったらしく、足から出てきた私は顎のところで引っ掛かり、難産で大変だったみたい。そんな最中、たまたま呑みの席で酔っぱらって帰宅したお父さんは、お母さんがいないことを不思議に思いつつも爆睡。
「何(なん)しようとや! 産まれとっちゃがっ!」と母方のおじいちゃんに起こされて、慌てて病院に向かったのだとか……。ふふ、今では笑い話になった、私の出生時のエピソード。
何はともあれ……無事にこの世界に誕生し、すくすく成長出来た私。きちんと整理された、アルバムの中の自分。あぐらをかいたお父さんの膝の上で抱っこされ、カメラに興味津々の私。
家の前でお母さんに抱っこされて、満面の笑顔の私。同居していた父方のおばあちゃん。おばあちゃんの背中におんぶ紐でおぶわれて、指を咥えてスヤスヤ寝ている私。
満1歳の誕生日を祝う餅踏み。お父さんに抱えられ、草鞋で大きな餅を踏みつけてドヤ顔の私。将来を占う選び取りでは、色んな物の中から辞書を選んで一番に開いたらしいの。将来は学者になるかも!って、期待したとかしないとか。ふふ、……セピア色の私は間違いなく、愛されていたんだ。
「えっちゃん!」
悦(よろこ)びの子と書いて悦子、という名前からそう呼ばれることがほとんど。翌年の6月生まれで、1歳も離れていない弟がいてね。4月生まれと3月生まれだったら、双子じゃないのに学年一緒だったよ。
そんな弟と一緒に過ごしていたからか、活発でやんちゃ娘だった私。幼稚園の頃はもちろん外遊び。ジャングルジムのてっぺんに立ち、両手を空に伸ばしてみたり。さるわたり(雲梯)の真ん中で「コウモリ~」と逆さにぶら下がって、落っこちてケガしたり……。