芳醇で濃密な文化の土壌があった時代

ここでは、YMOの誕生から散開に至るまでの1978年〜1984年という短い期間、ユースカルチャー(若者文化)においてサブカルチャー・エリート(サブカルエリート)が文化的ヘゲモニー(覇権)を握ったという前提のもとに展開することにする。

本書で論じることになるサブカルエリートとは、サブカルチャーの先鋭的な流れをいち早く発信、もしくは享受し、メジャーなポップカルチャーに昇華させる人々のことである。

その前までのサブカルチャーはメインカルチャーと対峙し、「いまだに資本主義に汚されていない無垢な領域2」を目指す<サブカルチャーエリート主義>というイデオロギーの元に創作活動をするものであった。


1――正式にYMOという名称になったのは1981年『BGM』からだが、当初より呼称は「イエロー・マジック・オーケストラ」「イエローマジック」「Y. M. O.」などさまざまで、本書では「YMO」で統一する。「高橋ユキヒロ」の呼称も「高橋幸宏」に統一する。

2――毛利嘉孝『ポピュラー音楽と資本主義』

 

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