【前回の記事を読む】「ドリーム物件」=「〇〇物件」? ライフスタイルやマインドによって、輝く日常を手に入れる"夢のような物件"とは…
夜空の向日葵
こんな動画、誰が見るのだろう。スマホの電源を切ると、歯を磨くために台所へ向かった。洗面所はあるけれど、それはお風呂のガラス戸を開けた中という不思議な場所にあった。
水回りがリビング内にあるのに、わざわざ床の乾いていない風呂場の床を踏んで歯磨きすることもない。そう思って、毎晩台所で磨いてしまう。それに、やはり、あの部屋がおっかなくないといえば嘘だった。
玄関からリビングの戸を閉めてしまえば、そこは例の部屋から一種独立した空間になるけれど、リビングから出れば、左手にあの部屋、右手にお風呂とトイレがあり、特に夜、トイレに行った時などは、がたん、と音がすれば気味が悪かったので、なるべく夜はトイレに行かなくて済むよう水分をとらないようにしていた。
北側の台所の四角い窓からは、山と、少し間を空けて建っている同じような形状の団地が見える。こちら側からは団地のベランダが見えて、ほとんどの部屋に電気がともっている。その棟は、こちらの棟よりベランダが広く、造りが広いようだから、家族仕様なのだろう。
小雨が降っているけれど、静かな夜だ。どこか遠くで救急車が通る音が消えると、耳がなくなってしまいそうなくらいの静けさになった。息子はちゃんと、ご飯を食べているだろうか。まだ、研究室にいるのかもしれない。
カーテンを閉めて、電気を消そうとしたときだ。きん、と闇をつんざく鋭い音がして飛び上がった。それが、玄関のチャイムの音だと理解するまでしばらくかかり、それから時計に目を走らせた。もう、午後九時半を回っている。いったいこんな時間に誰だろう。
リビングのガラス戸を開けて、ドアののぞき窓から外を見ると、目線より下に不知火さんが腰を曲げて立っているのが見えた。開けようかどうか迷っていると、
「ごめんよ、こんな時間に」
と言って、ドアをどんどんたたく音がした。ため息をつくと、リビングに戻ってパジャマの上にカーディガンを羽織って、チェーンをつけたままドアを開けた。
「これね、九州の妹から送ってきたんだ。カステラ。一人じゃ食べきれないからお裾分け」
隙間から、カステラの入った袋が見えた。
こんな時間に、という怒りをなんとかひっこめて、チェーンを開けた。
この前、莉奈がメロンや豚まんをもらってきたせいなのかどうか、その後も、「息子が携帯を忘れて帰ったんだ。急いでるらしいから、悪いけど駅前に行くついでに宅配に持って行って」とか、「ハンドクリーナーの電池がなくなって困ってるんだ、単二電池を四個買ってきて」などといった頼みごとを、いくつもされていた。
白い電気の下でこれまた白っぽく見える不知火さんの顔をちらっと見てから、カステラの紙袋を受け取りドアを閉めようとすると、
「あのさ、ちょっとお願いがあって。こんな時間に悪いんだけど」
「え?」