「はい、元気にしていますよ。他に何か」
と言いかけた加賀に横井は、
「この件に事件性はないね」
先ほどの矢野とのやり取りを聞いていたかのように低い声で答えた。
「仏さん見た?」
横井は促すように加賀に向かって言った。
「いえ、まだですが」
「ダメだよ、まずは仏さんに手を合わせなきゃ。そんなに手柄が欲しいかね?」
加賀は、しまった、いつもなら真っ先に仏に手を合わせるのだがどうしたことだろうか、とはっとした。今回はそれを忘れ、物証や遺留品ばかりに気を取られている。やはりどこか自分はいつもと違うと改めて痛感した。
「仏さんに外傷は見られなかったよ。この寒さだ、かくれんぼでもしている間に眠り込んじまったのだろう。可哀想になぁ」
横井は心底可哀想だと感じている口調で加賀に話すのだった。
「となると、死因は凍死ということですかね」
「まぁ、そこに落ち着くんじゃないかな」
横井はそれほど厚着だとは思えない服装だったがキリッと背筋を伸ばし、寒空の下、魚の鱗の様な屋根を見つめながら、お前らは何をしているんだと言わんばかりに、もう一度仏に手を合わせその場を立ち去った。
加賀は小さな遺体に手を合わせ、シートを大きく払いのけた。そこにはゼンマイ仕掛けで動き出す人形に似た少女が横たわっていた。絵画の一部にでもなりそうな少女の遺体は、大型トラックの仮眠スペースにすっぽりとはまっていて、まるで少女のためにあつらえた棺桶の中に眠っているようだった。
その顔の周りをこの世にはびこる恨みや妬(ねた)み、憎悪といった全ての悪が手ぐすねをひいてうろつき回っていたが、少女から発せられる清らかさは天使を引き寄せていた。まだ母乳の匂いが漂うような口元に天使は寄り添い、少女を悪から守りながら、手を出すなと加賀に語りかけているようだった。
次回更新は1月23日(金)、21時の予定です。
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