【前回の記事を読む】小さな変死体の近くに、腐臭を放つ保育園用の赤いカバン。「指でも入ってるんじゃないか」と開けると…
赤い鞄
手を引けと言っていた矢野も、もしかしたらバッグの中にお宝が眠っているのかもしれない、という期待を持っていたのか、チャックを開ける加賀の手元をじっと見つめていた。
バッグを開けて中身を丁寧に一つずつ加賀が取り出し、それを矢野は遺骨でも扱うかの様に恐る恐る手にした。
この袋に入れたものを落として、手がかりになるものを見失ってはいけない。加賀と矢野の共同作業は見事な連携プレーだった。指紋がつかないようにはめた白い手袋の下で、かじかむ指先に力を入れて集中させながら二人は同じ祈りを抱えていた。
加賀がバッグから取り出したものは、小さなハサミ、蝶々が書かれた画用紙の切れ端、同じくチューリップが書かれた切れ端だった。その絵柄の横には「ごじゅうえん」と、やっと読み取れる文字で書かれていた。
「ほらね、だから何も事件性はないと言ったんですよ」
さっきの緊張感は無駄だったと感じたのか、矢野が少し大きな声で加賀に向かって言った。
「お前さ、どっちなんだよ?」
加賀は少し苛立ちながら矢野を睨みつけた。
「バッグを開ける時は、何かお宝でも見つからないかなって思っていたんじゃないか?」
意中を言い当てられた矢野は、
「さすが刑事は違うな」
子供でもわかるようなおだて方で加賀に向かって頭をぺこりと下げながら、少し背中を丸めて自分の持ち場に戻った。
矢野の言う通り事件性はないかもしれない。だが、同じ年頃の娘を持つ加賀にはどうしてこの寒空の中、少女が一人で死んでいたのかが気になって仕方なかった。
立ち入り禁止とテープが張り巡らされた場所はあまりにも狭すぎる。この狭さが、誰しもがこの件に関して事件性はないと言っているようだった。十年にも満たない人生の終幕が、こんな殺風景な場所であることに加賀は哀れみさえ感じていた。
なんだろう、この湧き上がる思いは。変質者の仕業であり大きなヤマになればいいと、さっきまで思っていた自分が岸の向こう側でせせら笑っている。
もう何十年もこの世に生きた人間の死ならばこの狭いテープの中で嫌という程見てきた。何十回もこのテープの中をうろつき犯人の痕跡を探し、被害者の遺留品を見つけ出してきた。だが今回は違う。
加賀は鑑識の古株である横井の隣に立ち、話を聞こうと身構えていた。
「やぁ、加賀君元気だった?」
もうすぐ定年を迎える横井は穏やかな声で加賀に向かって話しかけた。
この人はいつでも事件現場に不似合いな雰囲気を醸し出している、彼の何がそうさせているのか加賀はいつも不思議に感じていた。