土煙の中に、いきり立つ四足の獣の姿。

「あれはイノシシだ!」沼田は言った。

獣は毛を逆立て、岩のような巨体を前傾にし、今まさに突進する構えである。目と牙が白く光っている。血に飢えた獣は標的を探っているかのようだ。

「野生のイノシシは危険だ。逃げよう」沼田は早坂の背後に隠れて言った。

「押すなよ」早坂は沼田を背中で押し返した。

「逃げようにも道は途切れてる。一体どこに逃げるんだよ」

「アイツにキャンプ場を乗っ取られるわけにはいかない。なんとか追っ払う方法は無いか」盛江は息巻いた。

「接近したら負ける。ありったけの物を投げつけて追っ払おう」

そう言ったのは砂川雄太郎(すながわゆうたろう)という男子大学生だった。

彼はボランティアサークル内で数少ない国文学科の学生で、深い人付き合いを好まなかったが、キャンプには例年参加していた。普段口数の少ない彼の意見に、誰もが同意し、竪穴式住居に駆け戻った。

様々なモノが表に運び出された。カセットコンロ、鍋、バケツ、懐中電灯、スコップ、カナヅチ、サンダル……。

「それーっ!」大学生たちは掛け声もろとも物を放った。

イノシシは物が当たっても平然としていた。

やがて、ひとつ身を震わせると、地鳴りのようなうめき声をあげ、一心に駆け出した。

「うわあ! 怒らせた!」学生らはちりぢりに逃げまどった。

それでも一度投げた道具を拾っては、イノシシめがけて投げつけた。

イノシシは学生らを弄ぶかのように縦横無尽に駆け回ったが、しばらくすると飽きたのか、藪の中へ消えていった。

面々はすっかり虚脱し、へなへなと砂地に尻を着いた。

イノシシの攻撃を直接受けた者はいなかったが、転んで怪我をした者が何人かいた。救護係がキズの消毒をした。

盛江は中学生らと一緒に、イノシシに投げつけた道具類を回収した。

「見ろ、すごいぞ」盛江は空元気を飛ばした。「時計も、カセットコンロも、懐中電灯も、何一つ壊れていない。あんなにぶつけたのに! さすがメイド・イン・ジャパンだ!」

「ちょ、その腕時計、ぼくのじゃないか」沼田が情けない声を上げた。

林は道具を拾いつつ、イノシシの足跡を辿っていた。観光案内所の裏の藪が踏み荒らされている。イノシシはここから侵入したようだ。