とても面倒な作業であるが、徹は何故か夏海と離れられないところまで来ていた。やはりあの日夏海が言った「同じ血の匂い」のせいなのだろうか。徹は父親が暴力を振るうようになってから、自らを傷つけるようになった。

数えきれないピアスの穴、背中一面に描かれた森の風景画や足首に入れたタトゥーの文字。自分自身を傷つけることによって現実から逃げてきた。「みんな死んでしまえばいい」それが徹の口癖だった。

だが夏海と出会い、この人だけは死んで欲しくない。ぼくが何としてでも救ってあげたいという徹の強い思いが、生まれて初めて他人の生死に首を突っ込み、自分の人生と並行させながら生きることを選ばせた。

夏海との共同生活が、遅い川の流れのように過ぎてゆく。今ぼくがここを去ってしまったら、この人はどうなるのだろう。時折重ねる夏海の身体の中にいっそ埋もれてしまいたい、そうして自分の命が尽きるまでこの人の中で生きていきたい、きっとそれがぼくの宿命、そう感じ始めた秋の終わりだった。

夏海の中の老婆は日々夏海を喰い荒らしていた。ある日コンビニから戻ると「きゃぁ~」という夏海の叫び声がした。手にしていた食料を投げ出し夏海の元へ行くと、夏海は自分の腕を切り刻んでいた。

「何してるの、やめてください」徹は急いで夏海から包丁を取り上げた。

「私、蛇になった」

何を言っているのか徹には全くわからなかった。徹は夏海の皮膚の向こう側から溢れ出る鮮血をじっと見つめた。鮮血の流れ出た様子が蛇にでも見えたのか、目を凝らして見入っていた。

「ほら、蛇の皮」

少し落ち着いた夏海が小さな声で言った。夏海が蛇の皮と言ったのは、栄養不足のため、かさつき肌理(きめ)の乱れた腕の皮膚だった。

あの時、ホストクラブの暗闇の中でも夏海は輝いて見えた。暗闇の中でも白く輝く肌、ミラーボールが弾け飛ぶほどの艶やかな髪。だが今はその面影さえも消え去ってしまっている。

ぼくにできること、それは何だろう。もう一度あの輝きを取り戻して欲しい。あなたの人生を生きて欲しい、そのためならぼくは何でもするよ。

次回更新は1月18日(日)、21時の予定です。

 

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