「2004年のアテネ五輪でコーチとして開会式に出て、高揚した気持ちで臨んだけれど雄貴も(菅原)智恵子もボロ負け。その横で、金メダルを獲った選手がニコニコしながら僕の近くで写真撮影に応じている姿を見た時、『いつか俺もこの手のひらに金メダルを乗せたい。絶対に乗せてやるんだ』と誓ったんです。
あれから17年が経って、ようやくその夢が今日叶った。いろんな悔しさ、つらさ、そういうものが一気に吹き飛ぶような感覚で、心の底から『五輪をやってくれてよかった』『ありがとう』って。いろんなことが蘇って、ホテルの部屋で1人になった時、初めて涙が出ました」
夢が現実になった喜びに浸りながらも、また翌日になれば朝が来て、別の種目でメダルをかけた戦いが始まり、金メダルを獲った男子エペの選手たちは各メディアに引っ張りだこ。あわただしい日々がスタート、いつまでも金メダルの余韻に浸るばかりでなく、いやがおうでも「次」や「これから」を意識させられる。
「選手たちは五輪の4年周期で目標を立て、そのために何をするか。具体的に課題を出して、潰して、次に向かう。同じように僕らも東京を終えて、次はパリ、ロスと五輪で勝てる選手、チームを育てるために進んで行かないといけない。これで終わり、ではないですよね。
東京五輪が終わったからもう日本で開催しません、ではなく、もっと組織としても強くなる、世界に誇れる力をつけるためには強化だけでなく運営の面でも力をつけなければなりません。
コロナ禍で高円宮杯(ワールドカップ)は2年連続キャンセルになりましたが、2026年には愛知でアジア大会が開催される。そこでまたゼロからスタートではなく、東京まで上乗せ、上積みされたことを活かさないといけない。時間はあるようでないですから」
東京五輪の開幕へ、決してポジティブな報道ばかりではなく、むしろネガティブな話題も少なくはなかった。