早々に荼毘に付したことを責め立てると、衛生上の問題と釈明されたが、真冬であったことを考えれば、納得できるはずがない。遺体を見せられない理由があったと考えるべきだろう。
逮捕は代貸だった日下が跡目を譲られた直後で、次の代貸がまだ決まっていない、一家の体制が脆弱だったときのことである。日下の遺骨を持ち帰る道すがら、工藤とどちらが貸元になるか決めることにした。
結果、浅田が貸元となった。貸元は謎の多い存在であるべき。そうした工藤の一存があったからだが、方便であったのは間違いない。西洋文化が浸透した横浜といえど、外国人に悪感情を持つ人はまだまだいる。丁半博打の賭場を仕切らなければならない代貸を、浅田が務めることはできない。
事実、浅田が務めていたのは、外国人に理解のある商家の旦那連中との繋ぎ役だった。 自分を不甲斐なく思っている浅田だが、工藤を殴ったことがある。日下は殺されたものと決め付けて、新地組に疑いを向けたからだった。
仙石一家が縄張りとしているのは、野毛と保土ヶ谷である。それに対し、新地組は伊勢佐木町を縄張りとしていた。大岡川を境界として、隣接していることになる。新地組が興ったのは横浜開港後のことだが、横浜を代表する繁華街を縄張りとしているだけあって、仙石一家を遥かに凌ぐ規模へと急成長していた。
仙石一家の者は、無闇に人を殺すなと、代々教えられてきた。復讐するにしても、大義名分が必要になる。新地組の誰かが、殺した日下を自然死として偽装するよう、刑務官に仕向けさせた。
そうした事実があったとしても、勢力が見劣りする仙石一家の脅しに、刑務官が屈することはないだろう。まずは一家の体制を磐石にすることを優先すべき。浅田は工藤をそうやって諭した。
日下が逮捕された現場に、浅田は立ち会っている。その際に、一家の存続を優先させるよう、頼まれていた。日下の望みを叶えるためにも、負けるのが目に見えた状況での対決は避けるべきで、工藤を戒めておく理由があった。
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