確かに秋口、私は側面に日本の自動車メーカー名が書かれた巨大な船が、ハドソン川を遡上するのを見たことがあったが、この地にあって日本に関する情報はごく稀にニュースで流れる以外は皆無と言ってもよく、ナタリーが車のメーカーを列挙するのも無理のないことであった。

事実、雪道に強いとされる日本製の前輪駆動の車は、この付近では圧倒的なシェアを誇っていた。

私は日本がどんな国と問われても瞬時に答えることは出来なかった。何よりも、ナタリーの魅力的な肢体に我を忘れていたからなのかも知れない。私がようやく口を開こうとすると嫉妬したのか、ティナが強引にナタリーの手を引いて、その場を去るのだった。

彼女は、終始不機嫌そうな顔をしていた。恐らくは日本人めずらしさでティナにそそのかされて私の様子を見に来たのだろうと思った。いや、ひょっとするとそこには東洋人に対する偏見があるのではないかとすら思っていた。

残念なことではあったが、このニューヨーク州に来て以来、幾度となく東洋人を侮蔑するような言動に接したこともあったからだ。いずれにしても若く魅力的な彼女の前でうろたえていた自分がおかしく、私はしばらくの間、一人笑ったものだった。そしてこれが私とナタリーとの運命的な出会いとなったのであった。

しかし、その後1週間もたたないうちに、私は意外なところでナタリーの姿を見出したのである。それは私がその日の写真撮影を終え、暮れなずむ町はずれのガソリンスタンドで給油すべく、車を停めようとしている時のことだった。

スタンドに隣接するコンビニエンスストアから、ナタリーが飛び出してくると、数人の男が彼女の後を追っていく姿を目撃したのである。私は彼女のひっ迫した様子から、これはただ事ではないと確信し、車を停めるや、ナタリーのもとに駆け寄ったのである。

「タカオ、助けて!」

彼女が私の名前を憶えていてくれたことに喜びを感じたものの、次の瞬間私は三人の男に囲まれているという最悪の状況に気が付いたのであった。

「お前は誰だ?」

一人の男がそう言ったように聞こえた。いや、その後も何事かを叫んでいたようであったが、全く聞き取れなかった。私は咄嗟(とっさ)に彼女のフィアンセだと答えた。

幸い日本人は若く見られたことから、この点疑われることはなかったようだった。そしてナタリーも私にしがみつきながら「彼は私のフィアンセよ!」と言って口裏を合わせてくれたのである。しかし、順調だったのはそこまでだった。

気が付けば、仰向けになって倒れていた私を心配そうに見つめるナタリーの顔があった。そして激しい痛みを覚えた顔面を手で拭おうとすると、ナタリーはそれを遮り、その代わりに彼女のハンカチを私の頬にあててくれたのである。

「ありがとう、タカオ。ひどい目に遭わせてしまってごめんなさい。でもお陰で助かったわ」

 

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