第1章 横浜からナホトカ・モスクワを経由しヘルシンキへ

1・1 1970年代のソ連

大学の4年目を休学し、スウェーデンのストックホルムへと向かうべく横浜から出航したのは1974年の3月下旬であった。

まずソ連のナホトカへと向かったが、客のほとんどは日本人であった。勿論船員の男女はロシア人であったが、まったく事務的で言葉をかけようにもそれを許さない雰囲気であった。

船内の大広間に本棚があり、どのような本があるのだろうかと覗いてみると、ほとんどがレーニン全集であったように記憶している。食事に何が供されたのかは不思議にも覚えていない。ただ、紅茶といちごジャムが出され、ここはロシアだと思い至ったことは覚えている。

船が太平洋から津軽海峡を横切った際に目の前に出身地である北海道の島の切り立った断崖が現れた時には、言いしれぬ感慨に襲われたものであった。やがて日本海へ抜けると船の揺れが激しくなり、窓から海面が見える船室へと戻り、眠りについた。

目覚めるとそこはすでにナホトカ港内であり、船も停泊状態だった。慌てて船外へと出て、逸(はや)る気持ちを抑えてどこをどう歩いたのか定かではないが、初めて外国の地を踏むこととなった。

 

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