仕事が安定すると、人手が足りない。本当に上手く行かない。勝也は人を雇う大変さ、仕事を確保する大変さを痛感した。安易に独立すると言った事をバカだったと後悔する事もあった。
勝也は同年代の中ではかなりの不良で有名だったので、中には自分を慕ってくれる人もいて、従業員を紹介してもらう事もあった。徐々に人も仕事も増えていき、多い時には10人以上も雇っていた事もあり、収入も順調に増えていった。
独立して2年ほど経った頃、掛け持ちの深夜の仕事を親友にお願いし、後を継いでもらい、より一層仕事に集中する事ができた。
この頃には、周りからも認められ始め、勝也の母の店のお客さんからも仕事を紹介してもらえるようになった。そうなると、材料を保管する場所も必要になり、倉庫を借りて材料を加工する高額な機械なども揃え、加工場を作った。
金銭的にも余裕ができ、紗香に対して仕事の付き合いだと言い訳をしながら飲みに行くようにもなっていた。そうなると、紗香とは喧嘩ばかりになった。従業員を連れて食事やスナックなども行っていたので、収入は全て勝也が管理し、生活費として紗香に毎月30万~35万円を渡していた。
紗香は「全然足りない」と、いつも文句ばかり言っていた。当時、マンションの家賃は55、000円ほど。光熱費も大した事はない。子供は保育園に入る前だったので、保育料もかからない。その上、外食や車の維持費ガソリン代、その他の経費などは全て勝也の財布から払っていた。
紗香は節約家で、江美の影響もあり、貯金や生命保険を沢山かけていたようだ。
江美は以前、保険の仕事をしていたようで、それなりの知識があり若くして夫を亡くした事もあって、誰よりもお金に執着があったのだろう。勝也はどう考えても十分生活はできるだけの生活費は渡していると思っていた。
それなのに、あまりにも紗香がしつこく文句を言うので、勝也は帳面を持って江美に相談に行き、入金と出金の説明をした。
もちろん仕事がどうなるか不安なので貯えも必要だとも伝えた。勝也は江美が紗香に注意してくれると思っていたが、江美は逆に怖い顔で「それにしても、もう少し入れてあげたらどう?」と言い放った。勝也は黙って帳面を畳んだ。帰りながら、何もかも全てが終わったと思った。
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