五月の大型連休も明けると街には活気が戻ってきていた。
アーケードのある商店街をそぞろ歩きする若いカップル、拗ねる子供にてこずる若い母親、茅根と同年代の夫婦連れが目に付き、街中には生活の匂いが漂っていた。パチンコ店、洋菓子店、パン屋、ドラッグストア、喫茶店、書店、ラーメン屋、花屋などが軒を連ね、野菜や果物、食料品、日用品を販売するスーパーマーケットがあった。
茅根は地下鉄通勤だった。仕事が早く退(ひ)けた日には栄の駅で途中下車して路地裏にあるスナック「倉(くら)」に寄り道することもあった。一人住まいのマンション暮らしはやはり侘しく、家路に向かう足はいつも重かったからだ。
その日は女性客が一人しかおらず、カウンターの端寄りにママと向かい合って座っていた。ママは茅根と同年代で、ざっくばらんな人柄で気に入っていた。アルバイトの吉野さんはまだ来ておらず、ママは自分の目の前の席に来るよう茅根を手招きした。
茅根はカウンターの女性客に「すみません」と声をかけて隣に腰かけた。
「どうぞ」女性は茅根に向かって軽く会釈した。
ママは茅根がキープしていたウイスキーのボトルで水割りを作った。突き出しに甘味噌が盛られた胡麻豆腐の小鉢を添えた。ママはお互いを紹介してくれた。女性は白川律子といって、ママにとって姉妹のような関係だとのこと。
「そうですよね。律子さん」
「そうですね。ママとは気が合うんです」と白川はにっこりして答えた。
白川はナイーブでクールな感じがあり、ビジネスウーマンといった風情には見えなかった。
ママと白川はプロ野球の中日ドラゴンズの昨夜の試合について話が弾んでいた。あそこでヒットが出れば逆転できたのにとか、抑えの投手が誤算だったわねとか、結構興奮して話し込んでいた。試合結果は負けで、今年も優勝は無理ねなんて厳しい言い方もしていた。
そのうち「茅根さんはどこのチームのファンですか。東京の人だからジャイアンツファンね」なんてママが言う。
「いや、僕はドラゴンズファンですよ」
「噓でしょ」なんて白川は言う。
茅根は地元出身の職員と雑談した時など自分は昔からドラゴンズファンだと言っても信じてもらえないとこぼしたりした。三人で他愛もない話をいくつかして親しみが生まれた。
話が一区切りしたところで、茅根は白川と名刺の交換を申し出た。茅根が受け取った白川の名刺の肩書きには「歴史博物館 学芸員」とあった。