その日の深夜、寝入っていた結城は自分の左腕を力強くつかむ手のひらの感触を覚えた。その手の圧力が徐々に増していく。痛いと思って左を向くと、久美子が緩んだ表情で右腕を伸ばしていた。
「どうした?」
結城は寝たままの状態で聞いた。
久美子は頭を左右に揺らした。
「まだ怖いのか」
「違う」
「大丈夫だよ」
「私、私……」
久美子は結城の腕をしっかりとつかんだまま、反対側に顔をそむけた。
結城は久美子が手のひらから発する熱い感情を受け取った。久美子の布団の中に入り込み、覆いかぶさった。久美子の右腕をほどき、自分の両腕を久美子の両肩の下に差し込んだ。体と体の全体が触れ合うと、体の相性がいいことがわかった。無我夢中で体を深く合わせた。久美子の体に溺れ、朝まで久美子の布団の中で過ごした。
ぐっすりと眠ってしまった。結城は目を覚ますと、久しぶりに爽快な気分に浸った。だが、久美子は傍らにいなかった。部屋を一瞥し、久美子のリュックサックがテーブルの下に置いてあるのを確認した。外にでも出かけたのか。時間は午後一時近くになろうとしていた。
便所の水が流れる音とともに、扉が開いた。出てきたのは間下だった。
「聞いてくださいよ」
「おまえ……。いつ来たんだ」
結城は驚いた表情をした。
「一時間ぐらい前ですかね」
「どうやってこの部屋に入った?」
「妹に玄関の鍵を開けてもらいました」
「妹さんはどこに行った?」
「さあ、どこでしょうかね。何も言わずに出ていきました。すぐに戻ってきますよ」
「外に出ても心配ないのか」
「元気になったみたいだから、いいじゃないですか」
間下は床に腰を下ろすと、ポケットからタバコを一本取り出し、火をつけた。一口吸ってから言った。
「妹を抱いたのですか」
間下は口をつぐむ結城を見つめた。怒っているわけではなく、心の内を見透かしているかのように、ニヤニヤと下卑な笑みを浮かべていた。
口元をゆがめながら間下は続ける。
「かくまってほしいと頼みましたが、男女の関係になるとは。困るじゃないですか。妹を傷物にして」
「別に傷つけるようなことはしていない。彼女から求めてきたんだ。彼女が何か言ったのか」
「そりゃあ、兄妹ですから。言わなくても、妹の気持ちはわかります。かわいそうなことをしてくれましたね」
「俺は何も悪いことをしていない。妹さんにちゃんと聞いてみたらどうだ。言いがかりをつけるのなら、出ていってくれ」
結城は気色ばんだ。
間下は遠くを見つめ、二本目のタバコに火をつけた。
「わかりました。このことは兄として心の中にしまっておきますよ。その代わりと言っては何ですが、話を聞いてもらえませんか」
「話って?」
「おいしいアルバイトの話があるんです」
間下は切り出した。
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