帰宅生活は瞬く間に過ぎた。

遥はママの指導により、溜まった通信教育の添削の返送にようやくめどが立ったし、練習中のシューベルト「即興曲第4番」、ショパンのエチュード「エオリアンハープ」にも目鼻が付いてきた。

廉は夜勤明けで「疲れた~」を連発しているので、和枝に「じゃあ、私が頑張るしかない」という気持ちにさせている節はある。

でもそれは和枝の体にとって悪いことばかりではない。廉はこのごろそんな風にも感じていた。

「病気なんだからとにかく安静にしていて」ではダメなのだ。栄養をつけて、こまめに働き、よく考える。そんな和枝が頼もしく見える。

七月、八月、九月と、がんという病気の底知れぬ威圧感に、和枝も廉も確かに怖じ気づいていた。

治療しているはずの薬に、健康な細胞まで蝕まれていく現実に絶望したりもした。

でも今は少しずつではあるけれど、冷静に身の回りのことに目が向けられるようにもなってきた。そして少なくとも、今回の帰宅期間中に和枝と廉が、二人手を取り合って泣くようなことはなくなっていた。

不安や恐れる感情が鈍磨したわけではない。それはむしろ日々研ぎ澄まされてきている。

ただそれとは別に、家族三人で長く幸せに生きていく足がかりを、今回初めて実感できたのだった。