わざわざ遠く離れた方の病院を選んだ二人の決断を聞きながら、遥はいらいらしていた。
「市民病院なら車で五分、十分でしょう、どうしてそういう話になるの?」
そう詰問され和枝が答えた。
「ねえ遥、ママの病気、がんなの」
遥は「ええっ!」と叫び、一瞬顔が真っ赤になった。でもそれ以上取り乱すことはなく、さっきからやっていたレゴブロックのタイヤを嵌めていく作業をやめようとしなかった。
「一体何の話をしているか分かってるのか。そんなアホな遊びをしながら聞ける話じゃない」
廉は突然頭に血が上った。
「ママの一大事なんだぞ」
「ちゃんと聞いてるよ。それにアホな遊びじゃないし」
「口答えするな。何も分かってないくせに」
「何も教えてくれなかったじゃん、こんな大事なこと」
「……」
廉は二人をリビングに残し、玄関から飛び出していた。
「奈落だ、奈落。もう奈落だ」
当てもなく、夜道をただただ歩いた。等間隔に立つ街路灯が、通り過ぎるとき淡く冷たい影を地面につくった。
少し頭を冷やしてから廉が家に戻ると、和枝が遥に静かに話をしていた。
「遠くの病院になってしまってホントごめん。お見舞いだって来るだけで大変だし悪いなあと思っているよ。でもね、ママはどうしても治したいんだ、遥のためにも。K大病院はがん治療の実績がたくさんあってね。
それに看護とか病院の設備も充実しているの。一日でも早く戻って来たいからここを選んだんだ。ただね、確かに遠過ぎるよね。ママ、遥に辛い思いをさせるのだけが悲しい」
母親にしか出せない溶けるような優しい声音に、遥も「うん、うん」と耳を傾けていた。
次回更新は12月8日(月)、21時の予定です。
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