「それでも、青少年を叱咤激励するときには容赦がない。普段は物柔(ものやわ)らかな男のくせに、ここぞという時には、ずばりと真実を射抜くような発言をする。エパミノンダスは、昔から、そういう男だったからな。
スパルタ人相手にレスリングをして、勝って威張っている若者なんかを見とがめると、エパミノンダスときたら、『体力ではすぐれているのにスパルタの奴隷になっているのだぞ。それを恥だと思わないのか?』とか言って、びしびし、はっぱをかけているぞ」
「ハハハ……。たしかに、エパミノンダスらしい激励の仕方だな」
「レオンティアデスたちはエパミノンダスの力を侮って、歯牙にもかけずにいるが、市民たちは彼を敬愛している。だが、今夜の決起をエパミノンダスには知らせていない」
「それでいい。彼は高潔な男だ。暗殺という卑怯な手段は好まない」
ペロピダスは寂しそうに言ったが、(エパミノンダスなら、きっとわかってくれるはずだ。武装蜂起に踏み切った我々の気持ちを)意を決し、ペロピダスは腰に剣を帯びた。こうして憂国の士たちは準備万端ととのうと、
「スパルタに魂を売り渡した売国奴どもをすべて討ち果たし、故国に自由を取り戻すぞ!」
「おーっ!」
決起の意気込みと決意を確認しあうと、彼らは二隊に分かれ、おのおのの決戦場へと向かった。
同志たちが狙う標的、アルキアスとフィリッポスについては、フィリダスが宴会に招待し、暗殺の舞台を用意していた。
生の葡萄酒は濃すぎるので、水で薄めて飲むのが慣わしであったが、フィリダスは、「アルキアスとフィリッポスを前後不覚になるまで酔わせてやろう」と考えて、わざと水で薄めもせず、強い酒をアルキアスとフィリッポスに飲ませる。そうやってフィリダスが盛んに酒をついでまわっているうちに、ずいぶんと夜も更けてきたようだ。
(そろそろ同志たちが踏み込んでくるはずだが)
彼がちらと戸口に目をやり、落ち着かぬ風情で、その瞬間を待ちかねていると、
「どうした、フィリダス? 先ほどから、なにやらそわそわと何度も扉に目をやって
おるが、誰か訪ねてくる予定でもあるのか?」
アルキアスが怪訝顔で詰問する。フィリダスがぎくりと身をふるわせると、今度はフィリッポスが、
「フィリダス。今宵は、ヘリッピダスどのもお呼びしたのか?」
と問うてきた。ヘリッピダスというのは、カドメイアに駐留するスパルタ軍の指揮官だ。スパルタから派遣されてきた総監は、ヘリッピダス、アルケソス、リュサノリダスの三名で、彼らがアルキアスら寡頭派の強力な後ろ盾になっていたのである。
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