【前回の記事を読む】「兄さんの家に来れない妹があるか」——兄のような存在の彼。私は少し考えたが二十代最後の日曜日を彼と過ごしたいと思った

三十日が来た。私は色々迷ったすえ、紺色に白の水玉模様で、襟がレースになっている清楚に見えるワンピースを着た。手土産を持ちたかったが、きっと叱られると思い、手ぶらで出かけた。

電車にガタゴト揺られながら、心はドキドキしていた。芦屋の駅を降りて、言われた通りに歩いた。マンションは立派で、すぐにわかった。

エレベーターで十一階へ上がり、一一七号のドアの前に立った。心臓が飛び出しそうなのを、息をととのえて、ブザーを押した。インターホンにも出ずに、神矢がすぐドアをあけて顔を出した。

「よく来たね。さぁ、お嬢さん、中へどうぞ!」

玄関はそう広くなかったが、小綺麗にしてあって、ちゃんとスリッパが用意されていた。私はスリッパを履き、細い廊下を歩いた。

すると、広いリビングに出て、その部屋はたとえようのない素晴らしい感動を私に与えた。壁という壁に大きな絵や、小さな絵が掛かっていて、それらは、見事な色彩で、息をのむほど美しかった。

部屋はこざっぱりしていて、机とソファーとステレオがあるだけで、余計な物は何もなかった。全ての調和がとれた空間で、まるで画廊に入ったみたいだった。

一番大きな絵は、夕焼けの海辺の風景で、静かな優しさで包んでくれるようだった。神戸北野の異人館街の町並みの絵も、細やかな描写で生き生きと描かれていた。

青い花瓶に入った赤い薔薇の絵もあった。どれもみな、素晴らしく美しかった。

「凄い! 神矢さん。これはみんな、貴方が描かれたの?」

「そうだよ」

「素晴らしいわ! 貴方、画家になればいいのに!」

「趣味だよ。大したことないよ」

「とんでもない! 凄い才能だわ!」

「ありがとう。君にそう言ってもらうと本当にうれしいな」

神矢は照れ笑いをした。