1 近代哲学の流れ
ドイツ・フランスが哲学の中心地
本題を始める前に、まずは哲学史について確認したい。
近代哲学はデカルトから始まったと言われている。【我思うゆえに我あり】があまりにも有名な言葉であるが、これは考えること、つまり、自由な思考の重要性を強調すると同時に人が疑うことのできない始発点としての【我思う】だと考えられる。
デカルトの生きた時代は、ヨーロッパでは旧教カトリックと新教プロテスタントが血で血を洗う戦いを展開していた。ドイツで始まった宗教内乱がヨーロッパ各国に波及し国際紛争に発展した三十年戦争が象徴するように混乱した時代を迎えていた。一方において、ニュートンに代表されるような自然科学の発展も目覚ましいものがあった。
このような価値観の混乱の中で、デカルトは疑うことのできないもの(確かなもの)を考えの出発点にしようとして【我思う】をあげ、そこから皆が共通して納得できる哲学を作り上げようとしたのだと思う。必ずしもそれが成功したわけではないが、デカルトの心意気はよくわかる。
次の世代のビッグネーム、カントについて考えてみる。18世紀のフランス革命直前の時期は啓蒙の時代と言われ、様々な思想家が輩出した。その中でカントが最も有名だと思われる。カントは絶対真理―神―物自体は知ることができないものだと証明した。これによって神と決別した。そして、人は理性によって正しい判断をすることができる存在だと言った。
この神の不可知性の証明は、当時のヨーロッパの人たちにショックを与えた。街灯を全部叩き壊してしまい、いかに街灯が大切であるかを唱えた人に例えられている。カントは「人は誰もが正しいと思うような生き方をしなさい」と主張した。
しかし、そうした道徳的な人が幸せになる保証はない。ずるい人や嘘を言う人が得をすることも多いだろう。とするなら、カントは神がいて、正しい人が不幸にならないように見守ってほしいものだと、最後に神を持ち出している。
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