【前回の記事を読む】かつて林檎農園で成功を収め『青森の雄』と呼ばれた男が、嵐と酒に呑まれ家族を失うまで――

第二章

8

博昭は目を瞑っていた。自分の過去が蘇る。千秋と自分の姿が重なり合う。

「工藤さん。あなたは風間さんの息子さんと似ているのです。雰囲気も境遇も」
「あのおっさん関西人じゃないのか?」
「生粋の青森の人です。ただ、風間さんは中学、高校と柔道の特待生として大阪の私立高校で学生時代を過ごしています。思春期は関西にいたのですよ」
「柔道の特待生? 強かったのか?」
「強いどころじゃありません。化け物でした。怪我さえしなければオリンピック選手に選ばれたかもしれません」
「どうりで。そんな奴に殴られた息子も災難だな」
「工藤さん。あなたは父親に虐待──」
「おい」

博昭は口を開いた。

「俺のことを調べたのか?」

博昭はテーブルを叩いた。

「調べたのか、てめえ!」

立ち上がろうとした。

「雨水今日子は父親と弟を殺したと思っている」

博昭は動きを止めた。加瀬を睨みつける。

殺した? あの女が? 父親と弟を?

「彼女が海で溺れたとき、弟が足にしがみついたようです。パニックに陥っていた彼女は、弟を蹴った。何度も、何度も。そして、弟は海中深く沈んでいった。彼女は父親に救出されましたが、父親は弟を助けるために海に潜った。三日後。二人は遺体で見つかりました」
「なぜそんなことを知ってる?」
「彼女が小学生だった頃に信頼していた学校の先生から聞いたのです」
「先生?」
「ええ。彼女は、いえ、担任教師は女性だったのですが、調査で伺ったときにはすでに仕事を引退し、故郷の長野で暮らしていました。もう退職して何年にもなるのですが、雨水今日子のことはよく覚えていましたよ。とても印象が深かったようです。私が雨水今日子のことを尋ねると、彼女は言いました。あの娘のことはずっと心配をしていた。あの子は昔、『自分がパパと弟を殺した。私が死ねばよかったんだ』と大泣きしたことがあったそうです。今日子ちゃんは自分を責め続けている。どうかあの子のことをよろしくお願いいたします。先生はそう仰っておられました。……工藤さん」

加瀬の目に力が入った。

「あの娘はそのことで苦しんでいる。ずっと自分を責め続けている」
「あの女は風間の何なんだ?」
「姪です」

博昭は驚いた。

「あの娘の母親は風間さんの妹です」と加瀬は言った。
「なぜ隠す?」
「妹さんが風間さんを恨んでいるからですよ」
「恨む?」
「ええ。風間一族の崩壊は、長男である風間さんが原因ですから」

博昭は風間家の物語を反芻した。そして言った。