「その人がやったとは言っていないさ。だけど何かヒントがあるかも」

「分かったわ」

二人は一階の薬剤部に向かった。

「いや、特に変わったことは無かったですよ」

芳谷はいかにも真面目そうな中年男性であった。柔和な顔つきをしており、病院での評判も悪くない。ただ忙しいので耳と口だけ貸すつもりなのか、手は一切休めようとはしなかった。

「点滴はどこで作るんですか?」

海智が質問すると彼は怪訝な表情をした。

「こちらはどなたですか?」

「ああ、入院患者の小瀬木さんです。昔からの知り合いで・・・・・・あまり気にしないでください」

一夏が慌てて弁解したが、芳谷の警戒心が解けた様子はない。一夏は小声で「私が代わりに訊くから」と海智に耳打ちした。

「点滴は隣の注射室で混合調整します」

芳谷は調剤室の右側の壁に取り付けられたガラス窓付きのドアを指差した。ガラス窓の奥には無機質な白い壁と棚に並んだ薬品が見えた。その左奥に前面だけがアクリル板で透明になっている水槽のような大きな装置が設置されており、滅菌ガウンと帽子を身に着け、手袋を嵌めた薬剤師がその前に座り、何かの点滴を調整していた。

「あれは安全キャビネットよ。中心静脈栄養や抗がん剤は無菌調整しないといけないからあの中でするの。抗生剤の点滴を調整するのには必要ないはずよ」

一夏が海智にそっと教えた。海智が一夏に耳打ちをし、彼女が代わりに芳谷に質問した。

次回更新は10月22日(水)、18時の予定です。

 

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