それなのに、なぜこんなにも苦しい。結局のところ、河合が結婚しているのが、気に入らないのか。確かに家庭を持つ男との恋愛には不自由もある。土日には基本的に会えないし、お盆や正月にデートするのも難しい。メールのやり取りはできても、今日子から電話をかけることはできなかった。
会えるのは、平日の数時間、あるいは稽古の終わった終電までのわずかな時間だけだ。それでも、今日子は河合に夢中だった。河合と会っている時間は今日子にとって夢の時間だった。
河合の微笑みが、声が、しぐさが、体が、今日子を縛りつけて離さない。それは理屈ではない。心が、体が、細胞が河合を求める。河合のことを思う時、今日子は、運命という言葉を頭に描く。いままでそんな言葉を信じたこともなかったというのに。
妻とはいずれ別れる。その言葉を聞かなくなってどれくらいになるだろう。不安になった今日子は河合に尋ねた。
「私たちの出会いって運命だと思う?」
「思うよ」と河合は答えた。
次回更新は10月24日(金)、21時の予定です。
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