「人工呼吸器が外れてしまうという医療事故は以前からありましたから、それならそれで医療事故調査制度で調査すればよいことです。医療訴訟に関しても顧問弁護士に任せればいいことです。お金のことは保険にも入っていますから心配いらないと思います。
この患者も無職で遊び回っていたみたいだし、しかも自分達が無謀な運転で事故を起こしたわけですから、賠償額も大したものにはならないでしょう。それよりもマスコミに騒がれる方がよっぽど問題だ。呼吸回路が外れただけなら、人工呼吸器は動いていたんじゃないですか? それなら納得がいく」
院長の問いに一夏はしばらく黙ってうつむいていたが、ようやく顔を上げると言った。
「いえ、やっぱり人工呼吸器は完全に止まっていました。電源コードまで抜かれていたんです。やっぱり誰かが人工呼吸器を止めたんです」
一同は面食らった様子でしばらく声も出ないようだった。師長が咳払いをしてから言った。
「あなた、あの夜、四〇二号室の信永さんが四〇三号室から出てくるのを見たと触れ回っているみたいね。まさか、彼女が人工呼吸器を止めたと言いたいの?」
「分かりません。でも梨杏を見たのは本当です。信じてください」
「いや、そんな馬鹿なことがあるわけないでしょう!」
初めは丁寧な態度に徹しようとしていた院長も思惑が外れて本来の狭量を取り戻したらしい。眉をひそめて一夏を侮蔑するように睨みつけて大声を出した。
「あの患者は私が院長になる前から昏睡状態で人工呼吸器に繋がっていたんだから。もし、自分の責任を回避したくてそんな嘘をついているんだったらやめた方がいい。せっかく警察も事件性はないと言ってくれているんだから。
もし、誰かが故意に呼吸器を外したということになれば、場合によっては君も逮捕されて取り調べを受けることになるかもしれないぞ。
それに、あの高橋漣の父親が今回の事故に関して騒いでいるんですよ。こんな病院に息子を任せて大丈夫なのかとか言って。あの人、政治家と繋がったりして色々悪い噂があるからね。息子が入院しただけでも迷惑なのに、これ以上トラブルになったらこっちは大変なんですよ」
院長の剣幕に他の者はただ沈黙するしかなかった。一夏は再びうつむいて微かに肩を震わせていた。
次回更新は10月13日(月)、18時の予定です。
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