「ええ、一夏ちゃんが教えてくれたからね」

今までの会話の様子からしても経子と娘の友人である一夏は以前から親しく付き合っていたようだと海智は推察した。一夏がこの病院に就職してからも梨杏について相談する機会がしばしばあったのではないだろうか。

「ここで看護助手をしている宇栄原桃加がいじめの黒幕だってことも知っていますか?」

「ええ、それも聞いたわ」

「平気なんですか? 自分がいじめの黒幕のくせに平気な顔をしてこの病院で働いているのに」

「勿論平気じゃないわ。五年前にあの子がこの病院に来た時に、いじめのことを問い質したことがあったの。でも『ごめんなさい、ごめんなさい』を繰り返すばかりで埒が明かないからね・・・・・・それからは会っても目も合わさないわ。

でもね、私、この四人に何か復讐しようなんて気はもうないの。勿論、初めは虐めた生徒達も、それを庇う学校や教育委員会も殺してやりたいくらい憎んだわ。でも、彼らをどんなに憎んでも梨杏が元の生活に戻れるわけじゃない。

そう思うと馬鹿馬鹿しくなってね。今は梨杏が少しでも回復できないか、それだけを願っているわ。そうだ」

経子はふと立ち上がると部屋の奥のロッカーの方へ向かい、扉を開けてハンガーに吊るされた白地に青い椿が施された浴衣と黄色い兵児帯を取り出すと二人に見せた。

「今度の花火大会の日にはこれを梨杏に着せてあげようと思うの。この子、小さい頃から花火大会が大好きだったから。この部屋からも花火はよく見えるのよ」

「わあ、素敵」

そう言って一夏が立ち上がると、経子は浴衣を彼女の服の上から羽織らせて帯を巡らせてみたりして、二人は試着会を楽しんだ。

だが、一夏の視線の先が偶然扉の開いたロッカーを捉えた瞬間、笑顔で細くなっていた彼女の目は突然大きく開き、頬や口元が忽ち強張り、顔面から血の気が引いていくのを海智は目撃した。

「どうかした?」

心配になった経子が声をかけると、一夏は大きくかぶりを振った。

「ううん、何でもない。ごめんなさい、急に押しかけて。また来るね」

そう言うと彼女は浴衣を脱いで経子に渡すと、そそくさと部屋を出て行った。一人取り残された海智は「すみません、ありがとうございました」と経子に挨拶すると慌てて彼女の後を追って行った。

次回更新は10月7日(火)、18時の予定です。

 

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