ヌシからの提案
ヌシは、わたしに、こう語った。
(やっと、気がついてくれましたね。ご主人様。小さい頃から、ずっとご主人様のそばでご奉公させていただきました。わたしは、子どもを持ったことがなく、また友人と呼べる友もおりません。
ただ、ひたすら、人間様のお相手をさせていただき、これといった病気もせず、ひとり、留守宅を守ってきただけです。今さら外に出たいとも思いません。
ただ、ひとつだけ願いを叶えていただけるなら、わたしが逝く前に、もう一匹わたしの代わりの猫を飼ってください。わたしのために、ご主人様が悲しむ姿を見たくはありません。充分幸せでした。
もし、小さな子猫を迎えることができたら、わたしのあとを継ぐよう、その子を立派にしつけましょう)
ヌシは、それだけ語ると、いつもの寝場所に戻っていった。
そしてちょっと毛繕いをして丸くなり、寝てしまった。 わたしはぽかんと口を開けていたに違いない。まるで、夢でも見ているようだった。
そして、わたしは気がついた。
小動物の死に、怯え怖がって毎日を過ごしている「うるんだ瞳」の主は、結局、わたし自身のことだった。
ヌシは、きっと幼少時代に、たくさんの出会いと別れを経験してきたに違いない。嫌なこともあっただろう。子どもの大きな声が苦手で、また人に抱っこされるのも嫌う。
大人しくてあまり手がかからない猫だった。歳を重ねると共に、寝ている時間は多くなった。
それでも、家に帰ると、よろつきながら玄関までちゃんと出迎えてくれる。そんな年を幾つも重ねて、ヌシは気がつくと老猫になっていた。