「私見たのよ」

彼女の顔からさらに血の気が引いたような気がした。

「見たって何を」

一夏の真剣な表情に海智は思わずごくりと生唾を呑んだ。

「梨杏よ。梨杏が中村大聖の部屋から出てくるところを見たの」

「えっ!」

驚きのあまり、彼は言葉を失った。

「一時に巡回を済ませて二時頃まではセントラルモニターでも全く異状なかったの。私、カウンターの所で電子カルテを書いていたら、左奥の廊下で物音がしたからびっくりして見たら、四〇三号室のドアが開いて中から全身包帯で包まれた梨杏が現れたの。

私、驚いて声も出なくて固まってしまって、心臓が止まるかと思ったわ。そしたらそのまま向かい側の自分の部屋に戻って行った。慌てて一緒に夜勤していた見野さんにそのことを言ったら彼女もすごく怖がって、二人で震えあがっていたのよ。

そしたらセントラルモニターのアラームが鳴って、慌てて二人で四〇三号室に行ってみたら人工呼吸器が外れていて、心肺停止状態で、すぐに心マッサージを開始したの」

「蒼にはそのことは言ったのか」

「家族への説明が終わった後に言ったわ。でも、そんなわけないだろって一蹴された。八年間も昏睡状態で人工呼吸器に繋がれて寝たきりの患者がそんなに簡単に動けるわけないだろって。確かにそのとおりよ。でも、私見たの。間違いない。あれは絶対梨杏だった」

次回更新は10月5日(日)、18時の予定です。

 

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