Chapter2 HERO

 

夜来の雨は、すっかり上がっていた。

小さな水溜りを残してはいるが、適度に水気を含んだグラウンドは、十一月の薄い陽光に照らされ、眩(まばゆ)く柔らかな光を反射している。グラウンドの白い輝きとは対照的に、スタンドは黒い地肌を露出して、所々に枯れた芝生が薄汚く張り付いている。

グラウンドとスタンドを交互に眺め、眉間に皺を寄せ、目を細めて下唇を噛んで、恭平は大きく頷いた。

それは恭平が時折見せる得意のポーズで、遠く一点に焦点を合わせ、思索に耽る風を装ってはいるが、実は目は何物をも捉えておらず、頭は停止し空白の状態だ。

しかし、そのポーズをとることは、あたかも相撲取りが仕切りを繰り返すうちに気持ちを高揚させていくように、恭平の意を決する自己陶酔的な役割を果し、今では行動と行動のインターバルに欠かせない、重要なルーティンと化している。

二時からの決勝戦に備え、四時限目の授業を免除された恭平は、早々と練習着に着替え、一人グラウンドに立っている。

恭平の通う鯉城高校の校庭は、グラウンドがサッカー場として設計されており、今日の決勝戦の会場にもなっている。グラウンドから校舎を眺めると、すでに授業は始まっているようで、咳払いひとつ届いて来ない。

恭平はグラウンドに独り立っている自分に妙な優越感と、軽い疎外感を覚えていた。

足元に転がる小指の先ほどの石ころを拾い、二個、三個とグラウンドの外へ山なりに投げ、深呼吸ひとつして、反対側のゴールまでゆっくりと、力強く走る。

恭平の走った後には、大きなストライドの足跡が一直線にできている。

それは、子供の頃の雪の日の朝、白一色の平面に小さな穴をひとつずつ開けて歩いた、あの快感に似て、恭平をちょっといい気分にしてくれる。

 

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