彼は真面目でおとなしい人より、根っから明るい女性を好む傾向にあった。それでも女子から誘われた以上無下に断るわけにもいかず、彼は約束通り日曜日に公園に出かけた。

山本公園は市街地の外れで万年川の川堤にある公園で、春は桜の名所でもある。桜の木が無造作に無数に植えられているので木陰などは人目に付きにくい。男女の逢瀬には打って付けの場所である。自ら指定した木の下で梨杏は落ち着かない様子で海智を待っていた。

「ごめんなさい。こんなところに呼び出して」

そう言うと梨杏は顔を赤らめて目を落とした。

「何の用?」

海智は素っ気なく訊いた。

「ええと・・・・・・その・・・・・・」

梨杏はもじもじと体をくねらせるばかりでなかなか言葉が出てこない。海智は業を煮やした。

「もし恋愛の告白ということなら、申し訳ないけど俺にはその気はないから」

彼女の顔が一瞬で蒼褪めたのがありありと見て取れた。海智は何か悪いことをしたような気になったが、どうせ結論は同じだ、それなら即断した方が彼女のためにもなるはずだと自分に言い聞かせた。

「ごめん」

そう言うと海智は硬直して棒立ちになっている彼女を背にその場をそそくさと立ち去った。

だが彼は今でもこの日の彼女の姿を忘れられずにいる。時々夢にまで見ている。

その後は学校で梨杏に会っても却って視線を避けられるようになった。随分気まずい思いをしたが、これで彼女が自分への思いを忘れてくれればそれで結構と彼は思った。

梨杏へのいじめが始まったのは十月末頃からだった。何がきっかけだったのかは知らない。ただ、彼女が文房具や私物を失くしてあちこち探し回る姿を見かけることが多くなった。

そんな時は教室のどこからか知らないが、女のクスクス嗤う声が聞こえていた。彼女が担任に紛失物届をしても「管理が悪いからだ」と言われて探す努力もしてもらえなかった。

そのうちいじめはあからさまになっていった。鞄の中に生ごみを入れられたり、机や黒板に「キモイ」「死ね」等おぞましい悪口を落書きされたりした。そのようなことがあっても梨杏は相変わらずうつむき、押し黙ってただひたすら耐えているだけだった。

次回更新は9月27日(土)、18時の予定です。

 

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